くらし

【あの本を、もういちど。伊藤比呂美さん】働く女の生き方に励まされる、森鷗外の小説と、説経節。

  • 撮影・岩本慶三 文・後藤真子

るん、照手、乙姫の働く姿に、自分の人生が重なって見える。

左は、伊藤さんが現代語に訳した「小栗判官・しんとく丸・山椒太夫」を収録した『新訳 説経節』(平凡社)。カバーを外した表紙には「しんとく取って肩に掛け」の一節が。右は、その底本のうちの一冊『説経節』(荒木繁・山本吉左右編注、平凡社)。

説経節は日本で、中世末から民衆に親しまれていた語り物の芸能の一種。ちなみに鷗外の有名な小説『山椒大夫』も、もともと説経節の演目だった「さんせう大夫」を下敷きにしたものだ。
「私はよく、能と文楽の間と説明するのですが、説経節は江戸時代の初期にとても人気のあった芸能です。当時は、女が主人公の話を、女が語り、女たちが聞いていました。しかも、語るほうも聞くほうも、遊女などの社会の最底辺で働いていた女たちです」

その物語から、伊藤さん自身も「女の生き方を折に触れて学んだ」と話し、創作活動において多大な影響を受けてきた。「私が書いてきたものは、みんな説経節です」と言い切るほどに。伊藤さんが説経節に惹かれたきっかけは、いくつかの話に共通するパターンだ。
「『小栗判官』も『しんとく丸』も、主人公はすごくかっこよくて万能ないい男。それが諸般の事情で、何にもできない男になっちゃう。そこで、それぞれの妻やいいなずけが、身を粉にして働くのです。深窓のお姫様なのに」
『小栗判官』の小栗は、毘沙門天の申し子だが、殺されて餓鬼阿弥(ゾンビのようなもの)として復活する。妻の照手は川に流され、売られるが、遊女になるのを拒んで働き、夫に再会するまで貞節を守り続ける。
『しんとく丸』では長者の息子のしんとく丸が、継母の呪いで病を負い、父に捨てられ落ちぶれる。それをいいなずけの乙姫が探し出し、ともに清水観音にすがって元の体を取り戻す。

身を切るような苦労をしながら、照手も乙姫も、妻を守るどころか「何もできなくなった男」への思いを決して捨てない。このパターンは、「ぢいさんばあさん」のるんにも当てはまる。3人とも、「まるで私のよう」と伊藤さん。
結婚、出産、離婚、再婚を経て、「20代、30代、40代を振り返ると、私の人生つらかったという感じです(笑)。特に30〜40代は、家族がいる分、苦労しました」。再婚後はアメリカに住みながら、熊本に通って両親を介護し、見送った。2年前には夫を看取った。その人生の傍らで、るん、照手、乙姫の話を繰り返し読み、励まされてきた。《しんとく取って肩に掛け》というフレーズが、『しんとく丸』に出てくる。変わり果てた姿で物乞いをして命をつないでいるしんとく丸を乙姫が探し当て、肩にかついで支えてともに歩きだす場面だ。このフレーズを伊藤さんは、自らが困難に立ち向かう時、口ずさんできた。
「お父さん取って肩に掛け。ハロルド(夫の名)取って肩に掛け。旅に出る時の決まり文句でいろんな形に使えます」

しんとく丸を肩に掛けた乙姫、あるいは照手、るんのように、自分を奮い立たせて歩んできた。そして、その影響を受けながら作品を書いてきた。詩集『家族アート』では、ラフカディオ・ハーンが英語で書きとめた説経節を作中に取り入れた。『河原荒草』や『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』では、説経節を現代詩と融合させた。ついにそのものを現代語訳してしまったのが『新訳 説経節』だ。一方で、鷗外の作品と文章を深く考察した随筆集『切腹考』も。

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