くらし

【あの本を、もういちど。ロバート キャンベルさん】銀座文学を集め、読み漁って10年。この街が舞台の本に耽溺しています。

折に触れて読み返したくなる本がある。たとえ読んだことすら忘れていても、再び手にした瞬間、記憶の扉が劇的に開かれ、鮮やかに感情が甦る本もある。今の自分をかたちづくるのは、人生経験とかつて読んだ無数の本だと言えないだろうか。新しい本を読むのも楽しいことだけれど、“再読”の喜びを味わってみたい。
  • 撮影・岩本慶三 文・一澤ひらり 撮影協力・和光
和光の屋上にある時計塔。初代は明治27年に作られ、これは昭和7年に制作された2代目。現在は、和光でアニバーサリージュエリーやウオッチなどを購入した人だけがここに上がれるという、特別な場所。

銀座四丁目の和光の時計塔は、日本のタイムズスクエアともいうべき銀座のシンボル。ここでの撮影を希望したロバート キャンベルさん。
「この時計塔や時刻を知らせる鐘の音は小説にしばしば描かれてきたし、時計塔から半径300メートルぐらいの所が数え切れないぐらい物語の舞台になってきました。僕は明治から戦後までの、銀座が舞台となった小説を蒐集して読んできたので、銀座がいかに日本の文化を創出してきたかがわかるんです。読めば読むほど面白い。今日持参したのは銀座の本なので、ぜひこの時計塔で撮影してもらいたくて(笑)」

一帯は明治5年の銀座大火で焼け野原となったが、区画整理されて瀟洒な銀座煉瓦街として生まれ変わり、銀座は「都中の都」(都市の中に埋め込まれた都市)と称される。
「明治7〜8年では江戸の街がほとんど変わっていないなかで、忽然とモダンな新市街が現れ、新聞社や文芸文化に関わる人たちが集まってきました。築地には居留地もあって、海外の文化も銀座に集積されていった。まさに近代の萌芽は銀座にあったんです」

明治10年代から銀座が文学の舞台として登場してくるというが、キャンベルさんが好きなのは『半七捕物帳』で知られる岡本綺堂が書いた随筆「銀座の朝」(『岡本綺堂随筆集』に収載)。
「ちょうど20世紀初めの1901年、明治34年の作品で、銀座という街が主人公。夏の朝、街が静かに始動する様子を尾張町交差点(現在の銀座4丁目)にいると思われる語り手が、その目線をカメラのようにして、行き交う人々の風俗、さまざまな職種の人たちが働く様子を描いていくんです」

まだ眠りから覚めない銀座は瓜の皮や巻きタバコの吸い殻などが捨てられているが、やがて牛乳や新聞が配達され、陽が射し始めると、12〜13歳ぐらいの若い奉公人たちが店を開けたり、ゴミを掃き清めたり、水を打ち始める。
「詩的な美しい情景として描かれていきますが、だんだんと人通りが多くなってきて鉄道馬車や人力車も通るようになり、まさに屏風絵を見ているような趣になります。最後に憂いを帯びた表情の10代の女の子を登場させて、社会的なふくらみをもたせて終わるんです。とても短い随筆ですけど、散文詩のようで、風雅な文体で気持ちよく読めて、最後にちょっともの悲しい気分になる。銀座が持つ文化的な重みであったり、街の陰影を人の影のように重ねているんですね」

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