【あの本を、もういちど。伊藤比呂美さん】働く女の生き方に励まされる、森鷗外の小説と、説経節。 | アートとカルチャー | クロワッサン オンライン
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【あの本を、もういちど。伊藤比呂美さん】働く女の生き方に励まされる、森鷗外の小説と、説経節。

折に触れて読み返したくなる本がある。たとえ読んだことすら忘れていても、再び手にした瞬間、記憶の扉が劇的に開かれ、鮮やかに感情が甦る本もある。今の自分をかたちづくるのは、人生経験とかつて読んだ無数の本だと言えないだろうか。新しい本を読むのも楽しいことだけれど、“再読”の喜びを味わってみたい。
  • 撮影・岩本慶三 文・後藤真子

森鷗外を「鷗外先生」と呼び慕う詩人の伊藤比呂美さんが、その小説の中で「一番好き」と選んでくれたのは、短篇の「ぢいさんばあさん」だ。

舞台は江戸後期、37年も離れ離れとなって再会した老夫婦の姿が描かれる。武士の夫は、とある事から刃傷沙汰を起こし、「永の御預(ながのおあずけ)」の身となり遠国へ。妻のるんは武家の女中をして働きながら、生き別れとなった夫を待ち続けた。
「鷗外先生は、働く女が好きなんです。きっと、そういう女にどこかで出会い、恋愛したか憧れたということがあったんじゃないかな。『最後の一句』の長女いち、『安井夫人』の佐代ほか、いろんな状況で頑張って働く女を、手を替え品を替え書いていて、なかでも最もリアリティがあるのが、るんです」

なぜリアリティがあるかといえば、「美人ではない」から。「ほら、ここ」と伊藤さんが示した箇所には、《るんは美人と云ふ性(たち)の女ではない。もし床の間の置物のやうな物を美人としたら、るんは調法にできた器具のやうな物であらう。體格(たいかく)が好く、押出しが立派で、それで目から鼻へ抜けるやうに賢く、いつでもぼんやりして手を明けて居ると云ふことがない。顔も顴骨(かんこつ)が稍(やや)出張ってゐるのが疵(きず)であるが、眉や目の間に才氣が溢れて見える。》とある。
「美人は嫌いじゃないけれど、美人じゃない女も嫌いじゃない、そこが鷗外先生のすごくラブリーなところです」

置物のように美しい女より、自分で考えよく働く女を鷗外は好んで書いた。物語がハッピーエンドか否かにかかわらず、巨匠の男性作家が、明治や大正という時代にそういう女性を肯定的に描いていたことに感動し、現代に働く私たちも勇気づけられる。その感覚は、伊藤さんがライフワークにして惚れ抜いてきた、説経節にも通じている。

「じいさんばあさん」 『山椒大夫・高瀬舟 他四篇』所収 森 鷗外 岩波文庫 520円 「ぢいさんばあさん」を、新仮名遣いの「じいさんばあさん」として収録。
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