会うたびに素敵になってゆく、小林聡美さんの秘密。
春色の服を身にまとったり、違う髪型を試してみたり、そんな小さな冒険が、きっとごきげんな気分を運んできてくれるはずです。
撮影・馬場わかな スタイリング・藤谷のりこ ヘア&メイク・北 一騎 文・黒瀬朋子
いつも変わらず気持ちのよい空気を放っている俳優の小林聡美さん。数々のエッセイを読むと、戸惑いながらも年齢の変化を受け入れる様がユーモラスに描かれており、力をもらえる。小林さんの魅力の秘密を知りたくて、インタビューをお願いした。
鮮やかなグリーン×シルバーのチェックのスカートを翻し登場した姿は、少女のようにチャーミング。
「春らしい素材感。普段、街で着たら軽やかでいいでしょうね」
「印象チェンジ」のテーマにちなみ、ガーリーなスカートから、セットアップ、デニムと異なるスタイルを着こなし、時には張り込み中の刑事のようなポーズをしておどけて見せて、現場を沸かせた。普段の小林さんは、デニムもよく着るし、「家で洗えるもの」を服選びの基本にしているらしい。
「街に溶け込むような、目立たない服装でいたほうが楽と思っていた時期もあったのですが、最近は純粋に自分の好きなものを着よう、と変わりつつあります。グリーンは好きな色ですね」
最新エッセイ『茶柱の立つところ』では、コロナ禍が落ち着き、久々に百貨店に入ったら、興奮して、思わず肌触りのよいとても高価なグリーンのセーターを購入してしまった顛末を面白おかしく綴っている。
「最近は特に、着心地重視になっていますね。だいぶ前に、素敵な麻のブラウスを買ったんです。胸にプリーツがたくさん入って、見た目は軽やかでかわいい。ただ、着ると腕が自在に動かなくて肩が凝ってしまい、結局着なくなっちゃいました(笑)。デザインも着心地のよさで選ぶお年頃になってきましたね」
大人になると似合う服がわからなくなり迷子になる人が多いと話すと、小林さんも「そう!」と同意してくれた。
「50歳を超えた頃から、『いいな』と思う服がなかなか見つけられなくなってきました。私の場合、出不精になって、いろんなお店を見歩かなくなっているのも原因かもしれないと少し反省しています。洋服もインテリアも、たくさん見ないと見つけられないですよね」
興味の赴くまま、 日本文化に傾倒。
小林さんは多趣味でもある。落語や俳句が好きで、コロナ禍もオンラインで句会に参加し続けていた。
「落語が好きになったのは、人に誘ってもらい柳家小三治さんの高座を生で観たのがきっかけです。純粋に芸としてすごく面白いなと思いました。そこから他の方々の落語も聴くようになり……40代の半ばくらいですね」
落語を機に、日本文化や歴史に興味を持ち、もっと学びたいと45歳の時には大学に通い始める。
「社会への貢献とかキャリアアップとか、そんな大層な目的はなかったんです。漠然と大学で勉強してみたいという気持ちが以前からあって、ちょうど日本文化の多様性に興味がわいてきた時期で、仕事もそれほど忙しくなかったので、行くなら今じゃない?と決めました。俳句を始めたのは大学に入ってから。私、なんでもやり始めるのが遅いんです(笑)」
コストパフォーマンスや効率を求められがちな今、「日本文化はそういうものとは全く無縁」と小林さんは笑う。しかし、何かを得るためでなく、「知りたい」という純粋欲求を満たす勉強は、格別の悦びがありそう。季節を感じたり、想像力を膨らませたり。俳句も落語も日本文化も、人生経験を積んだ今だから、気づける面白みがある。
「特に私の20代はバブルの時期で、物質的に豊かなことが良しとされていて、意識も国内よりも海外のほうに向かっていました。時間の流れ方も今とはだいぶ違っていたと思います。いや、長生きしましたね(笑)」
実感としては、自身では何歳くらいの意識でいるのか尋ねてみると、
「そうですね……16〜17歳くらいですかね?」
と照れくさそうに言った。
「図々しくも精神年齢はそこからずっと変わってないです。よく『頼りがいがありそう』とか『落ち着いていて、なんでも相談に乗ってくれそう』と言われますが、私の中にはリーダーシップ感やお姉さん感が全くないんです。話を聞くことは全然苦ではないですが、世話を焼くタイプじゃない。娘くらいの若い人と話していても同等(笑)」
大学在学中は、20歳以上年下の同級生にパソコンの使い方を教わるなど、フラットな付き合いをし、卒業後も旅行をしたり、今なお交流がある。しかし、仕事の現場では40年以上のキャリアの持ち主。ベテランと持ち上げられることになかなか慣れないことも。
「え? 私が?という気持ちになってしまいます。ただ年齢的には間違いなくベテラン枠になるので、(互いの意識に)ねじれが生じてますね(笑)。私自身、若い頃は大先輩に対して『こちらから話しかけたら失礼なのではないか』と気を遣ったこともありました。ただ、先輩方も、後輩から気軽に話しかけられたらきっとうれしいのでは?と思ったので、素敵だなと思う先輩には、勇気をもって自分から話しかけに行くようにしていました。そのほうが楽しいし」
年齢差関係なく、友人を持つ秘訣は、自分の気持ちに素直にコミュニケーションをとることなのかもしれない。
年齢差関係なく、友人を持つ秘訣は、自分の気持ちに素直にコミュニケーションをとることなのかもしれない。
「年齢とか立場、役割を考えてしまうと、ややこしくなりそうですよね。会社などは、そういう年功序列のルールがまだ必要なのかもしれませんけれど」
落語や俳句、大学と40代半ばから自身の世界を広げて、豊かなワークライフバランスを築いているように見える。近年は、家庭菜園やピアノも始めた。ただ、小林さん自身は「挑戦した」とか「飛び込んだ」というような力みを感じていない。眩しいくらい軽やか。
「そんなに軽やかでもないですよ(笑)。ずっとやりたいと思っていたことがいくつかあって、そろそろやらないと時間がないんじゃない? と始めたに過ぎません。つまり、もたもたしていたってことです(笑)」
趣味を続ける根本には、小林さんの探究心が下支えしているよう。
「20〜30代は仕事が探究の対象だったと思います。仕事に関連するあれこれを追求することに一生懸命でしたね。ほかに興味のあることが出てきても、忙しくなると続けられなくなって挫折したりしていましたから」
楽しみ方もただの「fun」ではない。俳句も、句を詠むこと自体より句会が楽しいという。その理由が独特だ。
「お題に合わせて句を提出して、みんなで選句をします。無記名なので、誰がどれを詠んだのかはわからないし、俳句の先生も新人も同じ土俵に上げられるんです。先月あんなに高得点だったのに今月は散々ということもあり、天狗になりようがない。自信作が誰にも選ばれなくて落ち込んだり。人を褒めるとか、自分はダメだと思い込まないとか、人間力が鍛えられる場でもあるんです」
壁にぶつかりながらも無になれるピアノ。
「理想はピアノの練習だけやっていたい」と話すくらい今はピアノに夢中。
数年前に一から習い始めた。クロワッサンの読者世代になると、漠とした不安を抱えている人が多いと伝えると「ピアノはいいですよ」と勧めてくれた。
「もちろんつらいですよ? なかなか上手くならないし、毎回壁にぶつかります。でも、ピアノを弾いていると無になれるんです。ちょっと瞑想みたいな感じ。もしかしたら、ゲームの没入感て、こんな感じなのでしょうか。不安になるというのは人間の本能のひとつなのかもしれませんよね。そう考えると、そんなに思い詰めず、外に出てお日様に当たったりしたら、少しは気が楽になったりしませんかね?」
小林さんは、自分の意見を主張するのが苦手なのだそうだ。だから、提案する時もとても慎重に話す。エッセイでも、絶妙なバランスの恥の感覚が見え隠れしている。
「昔、先輩に、『そんなにちゃんと書かなくていいんだよ。テキトー、テキトー』と言ってもらったことがあり、気が楽になりました。エッセイは誰も読まないことを前提に書いています(笑)」
根が真面目なだけに、そのまま捉えてしまうとプレッシャーで前に進めなくなる。日記をつけているが、出来事を綴るだけの3行日記なのだそうだ。
「自分に真剣に向き合ってしまうと、傷口に塩を塗りそうなので(笑)」
過度な負荷を自分にかけない技を人生経験の中で身につけてきたのだろう。4月に初挑戦するコンサートもそう。「チャッピー小林と東京ツタンカーメンズ」として、阿部サダヲさんをゲストに昭和歌謡を歌う。演出は10代の頃から信頼を寄せている小泉今日子さん。
「この企画も責任だけを感じていたら、できないことですよね(笑)。きっと、みなさんも充分真面目だと思うので、少々無責任でもいいんじゃないかなと思います。出たとこ勝負で」
日々できることを微調整しながら心地よいほう、機嫌よくいられるほうを選ぶ。生活の中では「急がない、慌てない、転ばない」を心がけているらしい。14歳からメガネ愛用者の小林さんに、最後にいろんなメガネをかけてもらった。
「子どもの頃から、バリバリおしゃれなのは気恥ずかしくて、メガネ姿のちょっとダサい感じが気に入ってました。少し前にだいぶ処分してしまいましたが、会う人に合わせて、これをかけたらびっくりするかな?というのをかけて行ったりしていました」
いつもどこかユーモラス。小林さんが素敵なのは、気持ちよくいられるために細心の注意を払って、自分に正直であろうとしているからなのだろう。でも、褒められるのは苦手な照れ屋さん。「もう褒めなくていいです!」という声が聞こえてきそうだ。
『クロワッサン』1114号より
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