『きみがなきあと』 著者 木内 昇さんインタビュー ──「人間同士として勤王の志士と結びついた人」
撮影・北尾 渉 文・中條裕子
長年添うた夫が逝った──冒頭、このひと言から物語は始まる。短くとも、そこに込められているのは万感の思いだ。呟いたのは、福岡藩士の妻であった、野村モト。和歌を学ぶ塾で知り合った年嵩の男の元へ嫁ぎ、前妻との間の子どもたちを育て上げ、夫と共に草庵に隠居し安楽な時間を過ごす身の上だった。夫に先立たれたモトは、出家を思い立ち、望東尼(ぼうとうに)という名を授かることとなる。
「個人的に史跡を巡るのが好きで、小説を書き始める前から山口の萩へよく行っていたんです。土地の気風を感じたいなと思い、1週間くらい暮らすような感じで。その頃から長州にゆかりのある望東尼のことを知っていて、自分の中では身近な人でした」
と、木内昇さん。世間では初めて彼女を知る人のほうが多数派であろうが、物語を読み進み、生涯を辿っていくと驚くことばかり。夫を亡くし出家した後に、歴史を動かした幕末の勤王の志士たちと交流し、彼らに篤い信頼を寄せられていた女性だったことがわかる。
「望東尼は勤王の母といわれていて、みんなから慕われていた。人間同士として志士たちと結びついた人なのだと思います。女性としてではなく、人として尊敬されたり、かっこいいと思われたり、そうした人間を描きたいと思い、彼女を選んだところもあります」
そして、望東尼が勤王の志士たちと交流を深めていく、その背景には幕末の混乱があったという史実に、改めて目が開かされる。幕府と配下に置かれた藩、天皇を戴く朝廷との思惑が絡み合い、どこへ向かうのかが定まらないもどかしさは、この時代ならでは、だ。
「幕府自体が揺らいでおり、外国勢もどう出てくるかわからない。そんな中、各地で個人が勤王を考え、日本が外国に蹂躙されないように動き始めるわけです。藩を超えて連絡を取り合ってつながっていく。それは日本の青春期であり、内からそういう力が出てきているのがおもしろいところかと」
自分の自由な時間を生かして何をするかを考え実行した人
そんな時代にあって、思いがけず年を重ねてから、勤王の志士たちをサポートする人生を歩むこととなった望東尼。幕末の風雲児と称される高杉晋作と出会い、その信を得たがため、過酷な状況にも置かれるが、その姿には時代を超えた魅力が感じられる。
「夫が亡くなってから、自分の自由な時間を生かしきった人だったと思います。もう人生が終わっていくという寂しさと、大事な人がいなくなってしまった虚無みたいなものを感じながら、でもまだ自分には時間があり、そこで何をするかと開き直る。そんな女性の強さ、厚かましさのようなものを描いてみたかった。男性であればそんな環境では草庵にこもっている気がしますが、女性はそこから出て人生を取り戻そうという気持ちになるのかもしれません」
そんな望東尼の生き様を活写した一冊に、心から励まされる。
『クロワッサン』1172号より
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