『京屋の女房』著者 梶よう子さんインタビュー「粋でかっこいい京伝の姿を伝えたかった」
撮影・北尾 渉 文・中條裕子
江戸は京橋。煙管、煙草入れ屋〈京屋〉の店先の光景から物語は始まる。初々しくも忙しく立ち働く女主人のゆりは、吉原の元遊女。そして、この店の主は江戸随一の戯作者である山東京伝。その京伝に落籍されて妻となったのが、まだ年若いゆりであった。
「結婚と恋愛は別、というのが当時は主流の考え方。結婚はいわば家同士のつながり。好いた惚れたの関係ではない。そんな中、京伝は自分が惚れた女性を嫁にしたいんだ、という思いが強かった。それがいいな、と思って」
そう梶よう子さんは語る。もともと夫婦の話を描きたいと思っていたところ、吉原の遊女二人を妻とした京伝の来歴を知った。
「奥さんたちを通じて、いかに粋でかっこいいか、そんな京伝の魅力を伝えたかったんです」
と語るように、最初は後の妻であるゆりの目を通して京伝の姿が描かれる。作家として名を馳せながら店を切り盛りし、そこで売る商品の図案も手がけるという、まさにマルチな才を発揮する人物だ。そんな彼を心より愛し、懸命に馴染んで家を守ろうと奮闘するゆりの心を苦しめるのが、前妻・菊の存在。同じ吉原出身で、京伝の愛情を一心に受けながら若くして亡くなった菊。払っても払いきれないその面影とどう対峙していくかが、物語の読みどころのひとつとなっている。
もうひとつ、魅力となっているのがこの〈京屋〉に集う面々。版元の蔦屋重三郎や浮世絵師の喜多川歌麿、戯作者の曲亭馬琴といった当代きっての才能ある人たちが引きも切らずやってくるのだ。
文化の盛り上がりが大きくなる、江戸の勢いを感じさせる時代
「消費都市としていろいろな地域から物が入ってきて、江戸独特の文化が作り上げられたのが、この時代。その勢いや空気感をぜひ感じてほしかった」
その言葉どおり、ちょうど文化面でも上方から江戸へと中心が移ってきた時代であり、それを象徴するエピソードも描かれる。
「上方で一度きちんと勉強したいと言って、曲亭馬琴が京伝の元を訪れるんです。絵を描いてほしい、サインが欲しいとねだって、それを道々売りながら路銀にするという。京伝はすでに江戸だけではなく、上方にも名前を知られた存在だったことがわかります」
日頃は憎まれ口を叩いてばかり、プライドの高い馬琴の図々しい頼みにも、飄々と応じる京伝が描かれるのだが……。
「なんてやつだ!と思うわけですよ、普通は。それを『まあいいじゃない、勉強したいっていうんだから』と応じる京伝の懐の深さ」
妻のゆりや菊はもちろん〈京屋〉に集う人たちを通して立ち上がってくるのが、なんとも言えない魅力をたたえた山東京伝という人物の姿なのだ。そして、さまざまな懊悩を味わいながらもその先へと進んでいくゆりとの関係が最後には描かれ、読み終えてから胸がふうっと温かくなる。
『クロワッサン』1142号より
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