『YABUNONAKA —ヤブノナカ—』著者 金原ひとみさんインタビュー「小説はもっとも誠実に向き合える世界」
撮影・中島慶子 文・クロワッサン編集部
ある50代の男性が、かつて交際していた女性からインターネット上で性加害の告発をされる。物語が動き出すきっかけは、昨今よく耳にする事象かもしれない。しかしその舞台は、著者である金原ひとみさんの“職場”ともいえる文学業界。男性は文芸誌の元編集長で、告発者の女性は作家志望、彼女から相談を受けるのは元編集長とも旧知の女性小説家という設定だ。
「私の担当編集だった方から、昔の編集長がOB訪問の女子大生を“食っていた”、それも被害者は一人じゃない、という話を聞きまして。それまで自分はけっこうクリーンな業界にいると思っていたのが、実は全然そうではなかったと気づかされた経験が、物語のひとつの種になったと思います」
告発された木戸、木戸の高校生の息子、小説家の長岡友梨奈、友梨奈の交際中の恋人や大学生の娘、担当編集者の五松、告発者の橋山と、語り手が次々と代わり、当然言い分も異なってくる。
「人によって見えている風景がこれだけ違うということは、本当に今みんなが感じていると思います。MeToo運動やこういった告発も、いわば藪の中、発した側の視点でしかないわけですから」
若い世代を書いているときは風が通っている感じがしました
一方ですべての登場人物には自身の姿が投影されているという。
「私にも、木戸のように無自覚な加害性はあるだろうし、友梨奈みたいな〈悪のような正義感〉もあると思います」
文芸編集者として既に現場への意欲を失くしていた木戸は、告発以降ますます人生に行き詰まる。自身も性被害者である友梨奈は、その正義感が一層過激さを増し、娘の伽耶ともたびたび衝突する。
「友梨奈も伽耶も間違ったことは言っていないし、同じ理想を持っているにもかかわらず、あれほどの衝突と不安が起こってしまう。そんなわかり合えなさと、どうしようもなさというのを表現したかった。友梨奈に関しては、恒常的なストレスもかなり溜まっていました。娘と同じ大学に通う性被害者の学生が亡くなったこと、それについて誰とも共感し合えないというか、この状況に対する激しい怒りを誰も同じレベルで持っていないことがかなりストレスになっていたんだと思います」
拘泥する大人たちを描く一方、伽耶や木戸の息子・恵斗といった若い世代を書いているときはすごく気分がよかったという金原さん。
「風が通っているような感じがしました。やっぱり歳をとるにつれて凝り固まったり偏った見方をしてしまうところがあるので。書いていて見通しがよかったですね」
執筆の発端にもなった噂話を聞いてから数年。性加害の告発に賛同する思いを持ち「私自身のやり方で声を上げていきたい」と言う金原さんは、友梨奈のように声高に叫ぶのではなく、528ページの大作で現代社会を描き切った。「そうですね、小説がもっとも私が誠実に向き合える世界なので」
『クロワッサン』1141号より
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