考察『豊臣兄弟!』31話 緒戦は“葬儀合戦”。ついに決別する、秀吉(池松壮亮)とお市(宮﨑あおい)。
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
お市を前にたじたじ勝家
「我らは敵ではございませぬ。同じ織田家のお仲間でございます」
そう考えているのは、小一郎(仲野太賀)たった一人のように見えた31話だ。
織田信長(小栗旬)の葬儀の裏で、織田家中の激しい攻防が繰り広げられる。
柴田勝家(山口馬木也)とお市(宮﨑あおい)、新婚夫婦の食事場面と、
「あの鬼柴田とお市様がぁ?」と驚く蜂須賀正勝(高橋努)の場面、この2つだけが癒しだ。
蜂須賀さんには、この先もずーっと変わらずにいてほしい。
史実を無視して良いので、最終回まで元気に長生きしてください。
蜂須賀さんがいないと、この先のしんどい展開を乗り越えられそうにない。
天正10年(1582年)8月。
勝家は、領地の越前国北庄城(現・福井県福井市)にお市を迎えている。
差し向かいの食事でさえ恐縮して箸が進まない勝家。
夫婦となっても、お市に指一本触れていないのだなとわかる。
30話(記事はこちら)ラストで、お市が勝家に「私を娶れ」と命じた。
お市は秀吉の野望を見抜いている。
秀吉(池松壮亮)は信長になろうとしている──。信長の目指した世を実現するためなら、織田家を滅ぼすこともためらわないはずだと、お市は勝家に述べる。
「お力をお貸しくださいませ。信長の妹であるこの私を旗頭とし、逆臣を討つのです」
結婚という形を取り、共闘を持ち掛けたのだ。
お市を長年敬慕していた勝家である。
羽柴の好きにはさせぬと、申し出を受け入れた。
この結婚は、羽柴秀吉に対抗するための同盟である。
山城国山崎城(現・京都府乙訓郡)。
羽柴秀吉は、この婚姻を「めでたきことよ」と微笑む。
黒田官兵衛(倉悠貴)が秀吉の意図を汲んで相槌を打つ。
「なにかの時には、お市様が間に立ち、柴田殿を諫めてくださることでしょう」
蜂須賀正勝と小一郎は、羽柴と柴田が一戦を交える前提であるかのような物言いだと官兵衛をたしなめる。だが、そのやり取りを聞く秀吉は、皆に背を向け無言であった。
「織田家は盤石。我らが一体であると諸国に示すことが肝要じゃ。のう、兄者」
小一郎に念押しされて、秀吉は一呼吸置く。
弟の顔を見ることなく
「儂は柴田殿と争うつもりはない。……儂は、の」
含みのある口調である。
その胸中を、小一郎は読み切れない。
置いてかれる小一郎
信長の三男・信孝(結木滉星)が織田家当主である三法師(清水伊織)を、自らの拠点である岐阜城(現・岐阜県岐阜市)に連れてゆき留め置いたことで、事態が動く。
清須会議の合意を反故にする振る舞いである。
お諫めせねばと言う秀吉、またしてもその意を汲んだとばかりに官兵衛がほくそ笑んで
「よき大義名分ができましたな」
口実さえあれば、織田信長の血を引いた者をも攻めると言わんばかりだ。
驚き慌てた小一郎は、打開策を提案した。
本能寺の変後に天主と本丸が焼け落ちた安土城(現・滋賀県近江八幡市)。
その修繕を急いで終わらせて、三法師の帰る場所とするのだ。
信孝が岐阜城に三法師を留め置く理由がなくなる。
秀吉もその案をのんだ。
安土城修繕に携わっている丹羽長秀(池田鉄洋)を訪ねて、近江国坂本城(現・滋賀県大津市)に赴いた小一郎。
そこで初めて、現在の羽柴家が織田家中でどう見られているのか知るのだった。
丹羽長秀は、羽柴が勝手に諸将の領地を決めていると憤る。
そうした動きを、小一郎は兄から全く知らされていなかったのだ。
信孝だけではない、自分たちが既に、清須会議の合意を反故にしていた──。
小一郎は、前田利家(大東駿介)とも話し合おうとする。
利家は柴田勝家の使者として坂本城にやってきていた。
取り付く島もない利家に、小一郎は
「我らは敵ではございませぬ。同じ織田家のお仲間でございます」
食い下がるが、利家は秀吉への怒りをにじませ
「明智を討ったからと、図に乗るでない! そうサルに伝えよ」
本能寺の変の直後。信長の仇を討とうと荒ぶる勝家を、利家が止めたのだ。
(29話/記事はこちら)あの時点で魚津城から出撃すれば、背後から上杉軍に追撃される恐れがあった。
仕方がなかった。とはいえ、オヤジと呼び敬愛する勝家の仇討ちを阻んだ後悔がある。
あの時、止めたことによって秀吉に先を越される現状を招いたという自責の念が、利家を苦しめている。
山崎城に戻った小一郎は丹羽長秀と前田利家の怒りの反応を報告するが、秀吉は頓着しない。諸将への領地配分の件で儂を騙したのかと怒る小一郎に、
「お前は止めるであろう。だから黙っておった。お前に止められたらやらんかった」
「それではなにも変らんからの」
変らぬ笑顔のままの兄から出る言葉の、重い響きに小一郎はたじろぐ。
それでも小一郎は、織田家中での秀吉の孤立を防ぐ策を講じた。
信長の葬儀を執り行う。喪主を三法師にすれば、信孝も連れてくるだろう。
葬儀に集った織田家一同で、もう一度会議を開く。
「皆で話し合うんじゃ」
「一つにまとまる道は必ずあるはずじゃ」
万事円満の世を目指す。小一郎の信念だ。
「我らの相手」
だが、羽柴家からの招きは関係者全員に断られる。
京の妙心寺(現・京都府京都市右京区)で信長を弔う法要が執り行われ、皆そちらに参列したからだ。
喪主はお市。
妙心寺には、天正10年9月11日に、織田信長の百日法要が行われた記録が残る。
施主は越前国の女人と記されており、この女性がお市であろうと推察される。
妙心寺での織田信長百日法要は、この少し前の8月18日にも、信長の乳母が施主となり行われた。こちらは池田恒興(ドラマでは堀井新太)の母と見られる。
ゆかりの女性たちが、信長の横死を悼んだ。
羽柴秀吉への牽制というのは、ドラマ上の設定である。
秀吉は自分は法要に招かれなかったと笑い、きっぱりと言い切る。
「これではっきりした。我らの相手は信孝様や柴田殿ばかりではない」
「お市様じゃ」
息を飲む小一郎。
秀吉は、信孝を諫める口実で岐阜城に出陣しようとしたのだ。
「我らの相手」の意味するところはつまり、攻めるべき敵ということではないのか。
三法師がいなくとも、信長から譲り受けた養子・秀勝(柊陽太)を喪主として葬儀を決行するという秀吉。
「儂は上様を、盛大に弔いたい」
きっと、この言葉に嘘偽りはない。
小一郎は戸惑いを隠せない。
信長を心底愛している兄に変わりはないはずなのに。なんだろう、この違和感は。
小一郎が知っている兄と、目の前にいる秀吉の輪郭が、少しずつずれてゆく。
“片方の草履”の意味するところ
天正10年10月11日。
京の都は大徳寺(現・京都府京都市北区)で、羽柴秀勝を喪主として信長の葬儀が大々的に執り行われた。
ここで、小一郎に声をかけてきた男がいる。
堺の豪商で茶人、今井宗久(和田正人)だ。
小一郎が大徳寺を紹介してくれた礼を述べると、宗久はさらりと超重要人物の名を口にした。
「やたら顔の広い男がおりましてな。口を利いてもろうたんですわ」
「千宗易っちゅう……」
千宗易!
のちに千利休として、羽柴兄弟の人生に大きな影響を及ぼす男。
歴史上は、千宗易は今井宗久、津田宗及(マギー)らと永禄12年(1569年)頃から織田信長の茶頭(将軍、大名に仕える茶人)として召し抱えられた。
信長主催の茶会の記録にも名前があるので、羽柴兄弟との面識はあったと思われるが、
ドラマ上ではこれから登場する。
その名が初めて出てくるのが、千利休の死と深く関わる大徳寺とは、なんとも皮肉だ。
今井宗久や千宗易ら、嗅覚の鋭い堺の豪商たちは、羽柴筑前守秀吉を次代の有力者と見て、葬儀への協力を通じて関係を深めようとしているのだろう。
小一郎が千宗易について詳しく聞く間も無く、藤堂高虎(佳久創)が刺客を捕らえた旨をそっと耳打ちする。
刺客は同じ織田家重臣の滝川一益(猪塚健太)の配下と読む小一郎だが、この者が兄の仕掛けの一部になるとまでは、先読みできなかった。
仏前で披露する幸若舞『敦盛』も、皆の前で刺客を赦す広い心を見せつけるのも、すべてパフォーマンスだ。
信長の後継者は、羽柴秀吉である。
羽柴秀吉は、寛大で、上に立つにふさわしい大器の持ち主である。
そう印象づけた。
だが、信長の位牌に下賜された草履を供えての
「これで、お別れにございます」
これは誰に見せるためでもない、己のための儀式だ。
信長に忠実なサル、上様を愛する藤吉郎として最後の別れを告げ、羽柴秀吉として天下取りへと進む。
もうひとつ。
信長は、左右の草履をそれぞれ羽柴兄弟に与えた。
その片方を別れのしるしとして返上した意味は、信長との決別だけなのだろうか。
小一郎は、葬儀の効果に「この人たらしめ」と苦笑する。
草履の片方が返されたことを、深刻には受け止めていないようだ。
兄者は兄者。
この時点での小一郎はまだ、兄の背中を安心して見ている弟だった。
これでお別れ
大徳寺の葬儀は新たな波紋を呼ぶ。
秀吉への刺客の失敗と寝返りに、悠長に構えてはいられぬと画策する、岐阜城の信孝。
信孝と羽柴の動きを警戒する、北庄城の柴田勝家とお市。
前田利家は語気荒くお市に誓う。
「これまでの恩義を忘れ、織田家に仇なす外道に力を貸す者などおりませぬ」
「三法師様とお市様は、オヤジ殿と、この利家が!お守りいたしまする!」
……本作は、悲劇の前には丁寧にフラグを立てるのが特徴である。
この台詞は32話、33話への特大フラグだと思っておこう。
そこへ、小一郎がお市を訪ねてくる。
ここからの小一郎とお市の場面は、31話の白眉である。
小一郎は、まだ諦めていない。
羽柴家と柴田家との和解を訴える。
お市は、もはや戻れぬ道を選んだのは秀吉だとして、現実を小一郎に諭す。
「秀吉にはわかっておるのじゃ。己が手で新しき世を作るには、織田を滅ぼすしかないと」「それがあやつの覚悟じゃ」
「そなたにはあるのか。今の兄を、真に支える覚悟が」
今の兄を。
信長を失った秀吉が変わってしまったことを、お市は完全に理解している。
ずっと傍にいる小一郎が見えていないものを明らかにしたのだ。
小一郎を諭し、覚悟を迫る姿に、お市の羽柴兄弟への愛情を感じた。
兄秀吉が何をしようとしているのかを見誤るなと、小一郎に教えているようだ。
天下一統を目指した兄信長から目を逸らさなかった、妹としての忠告でもあったと思う。
羽柴兄弟を止めることが生きる力となったと、笑みを浮かべて立ち去るお市に、
「必ずや、また参りまする!」
昔のように笑う小一郎。
おそらく今生では、これでお別れ。
小一郎もお市も、お互いに向けた最後の表情は笑顔だった。
圧巻の“丹羽長秀”像
大徳寺の葬儀の波紋の、もうひとつの描写。
丹羽長秀の「儂は羽柴につく」の場面だ。
羽柴秀吉に恭順を誓う織田家諸将の起請文を前田利家に見せ、
「口車に乗ったわけでも、情にほだされたわけでもない」
「儂は……羽柴秀吉に屈服したのじゃ」
織田家重臣の中でも、これまで穏やかな人柄として描かれてきた丹羽長秀。
池田鉄洋の丹羽長秀は、現実的な選択で生き残る戦国武将の凄みを見せる。
過去の戦国大河で、丹羽長秀をここまで立体的に描いた作品はなかったのではないだろうか。
拍手を送りたい。
ふたたび、山崎城の羽柴家評定の場面。
秀吉は
「織田家の御仁であろうとも、容赦はせん」
として、岐阜城の織田信孝を攻める決断をした。
官兵衛が、信長の次男、信雄(のぶかつ/山脇辰哉)を後ろ盾にする調略を済ませている。
秀吉は知恵袋として官兵衛を使い、チーム羽柴の誰とも相談せず……小一郎にまったく相談せず進めている。
信長の次男を手駒として信長の三男を、織田を攻撃する秀吉。
小一郎の脳裏に、お市の「今の兄を支える覚悟があるのか」が蘇る。
秀吉の笑顔を観ていて、嫌な考えが浮かんでしまった。
お市が秀吉を完璧に理解しているように、秀吉もまたお市を理解している。
秀吉が勝家にお市との婚儀を勧めたのは、織田家の力を削ぐのに一番の障壁になるであろうお市と勝家を、まとめて倒すためではないだろうか。
「これより、岐阜へ向けて出陣いたす!」
岐阜城の織田信孝のさらに先に、柴田勝家とお市がいる。
どうするんだ、小一郎!
次回予告。
天下人になってくだされと、オヤジ殿に懇願する利家。
なんでふたりとも片肌脱ぎ?
賤ケ岳の戦いではない、「賤ケ岳の決闘」。
前田利家の決断。そのとき、妻のまつ(菅井友香)は──。
柴田勝家、お市との別れが迫っている。
32話が、辛いけど楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、菅田将暉、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山口馬木也、宮﨑あおい、小栗 旬 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・豊臣秀吉編 合本』中公文庫,1999年
太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『現代語訳 信長公記』新人物文庫, 2013年.
和田裕弘(著)『織田信長の家臣団──派閥と人間関係』中公新書,2017年.
太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『地図と読む・現代語訳 信長公記』KADOKAWA,2019年
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025年
河内将芳(編著)『秀吉と豊臣一族研究の最前線』山川出版社,2025年
黒田基樹・柴裕之(著)『戦国武将列伝・別巻2 豊臣編』戎光祥出版,2026年