くらし

『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』著者、済東鉄腸さんインタビュー。

  • 撮影・中村ナリコ 文・遠藤 薫(編集部)

「語学は単純に楽しい。やめられませんね」

済東鉄腸(さいとう・てっちょう)さん●1992年、千葉県生まれ。映画ライター、小説家。大学時代から映画評論を書き続け、『キネマ旬報』などの映画雑誌に寄稿。引きこもり生活のなかで東欧映画に目覚め、ルーマニア語で小説執筆や詩作を積極的に行う。

黒海のほとり、バルカン半島に位置する国ルーマニア。済東鉄腸さんは日本人でありながら(そして現在も一度も渡航したことがないまま)ルーマニア語で小説を書き、同国の文芸誌に意欲的に発表している。

日本人にはあまり馴染みのないルーマニア語について、済東さんはこう説明する。

「発音はボールがコロコロするような口をすぼめて話すスラブ語(ロシアに近い東欧で主に使用される言語)に近く、でも文法はイタリア語やフランス語が属するロマンス語族です。文字も近隣のウクライナやブルガリアはキリル文字なのに、ルーマニアはアルファベット」

このハイブリッドで唯一無二なところに惹かれます、と語るその口ぶりは本作の文体同様、愛とグルーブ感に満ちている。

「ルーマニア語は、本当に皮膚感覚で俺にしっくりくるんです」

周りと違う自分カッコイイ、そう堂々と宣言したい。

こういうことになった経緯は以下のとおりだ。大学生活の後半、文学と言語を愛する済東青年を襲った震災、失恋、就活の挫折と虚無。卒業後、いわゆる“引きこもり”になったが、世界との唯一の接点が映画だった。

〈映画を観ている時だけは(略)世界そのものに対する爆発的な哀しみ、破壊的な不安、静かなる怒りを忘れることができたんだよ。〉

持て余す自意識と焦りを、ブログに映画批評を書くことで昇華。〈周りと違う自分カッケェ〉と日本未公開作品を漁るうち、ルーマニア映画に出合い、魅せられた。

理解を深めるためにルーマニア語を学ぶと決めたが、日本で入手できる語学書はわずか2、3冊。Netflix作品をルーマニア語字幕でひたすら観賞して生きた言い回しを学び、フェイスブックでルーマニア人3000人に友人申請をし、わからない語彙は彼らに聞いた。

「ルーマニアは人口2000万人くらいですが、ヨーロッパじゅうに散らばっています。つながりを保つためフェイスブックがめちゃ使われる。共産主義に国が脅かされがちな東欧でよく見られる傾向」

難病を発症したこともあり、外出のしづらさが増したが、こうしてルーマニア・メタバースを構築。自宅にいながら海を超えたコミュニケーションの地平を切り開いた。その努力がさらに奇跡を呼び、ルーマニア文学史上初の、同国語で書く日本人作家として文芸誌に作品を発表。研究書にも名前が掲載される小説家になったのだ。

ちなみに済東さんが同国で発表した作品はオンライン文芸誌「Liter Nautica」で読むことができる。Tettyoの名で検索を。DeeplまたはGoogle翻訳が日本語にしてくれる。

現在、さらに言語学の興味を広げて「ルクセンブルク語とマルタ語を始めました」。

「国内で書かれている文学作品で、ルクセンブルク語で書かれているのはたった1割。もうこれは俺がやらないと、って(笑)。それがもっぱら今の野望ですね」

引きこもりで難病の俺を救ってくれたのは、ルーマニア語だった。奇跡のノンフィクションエッセイ。 左右社 1,980円

『クロワッサン』1098号より

この記事が気に入ったらいいね!&フォローしよう

この記事が気に入ったらいいね!&フォローしよう

SHARE

※ 記事中の商品価格は、特に表記がない場合は税込価格です。ただしクロワッサン1043号以前から転載した記事に関しては、本体のみ(税抜き)の価格となります。

人気記事ランキング

  • 最新
  • 週間
  • 月間