くらし

『ゴリラ裁判の日』著者、須藤古都離さんインタビュー。「人間とは?を、考えるきっかけになれば」

  • 撮影・岩本慶三 文・中條裕子

「人間とは?を、考えるきっかけになれば」

須藤古都離(すどう・ことり)さん●1987年、神奈川県生まれ。2022年『ゴリラ裁判の日』で第64回メフィスト賞を受賞し、デビュー。第2作となる『無限の月』(講談社)がこの7月に刊行。

主人公のローズは、ゴリラである。といっても、彼女は手話によって自らの感じたことを表現することができる、人間のように考え行動する特別なゴリラだ。物語の冒頭、ローズは裁判で自らの存在を世界に問いかけることになる。

カメルーンで生まれ育ち、類人猿研究所で手話を学び、特殊なデバイスを使って声を手に入れたローズは、研究者たちとアメリカへ渡ってきた。動物園で暮らし、夫となる雄ゴリラのオマリと出会うが、ある日突然、不幸な事故に見舞われる。ゴリラ舎の檻内に落ちてしまった子どもを興奮したオマリが引きずり回し、彼は射殺されてしまったのだ。ローズは動物園を相手に裁判を起こすのだが。

「もともとは人間を書きたいと思っていたんです」と、須藤古都離さん。人間についてはこれまで長い間さまざまな描かれ方をしてきた。

だからこそ、「どうやって書いたら新しい人間像が見えるかなとずっと模索してたんですけど、ある日、突然、ゴリラがいいんじゃないかなとぱあっと思いついて」ローズが誕生した。実は、手話で会話するゴリラはかつて実在しており、ゴリラ舎の事故もアメリカの動物園で実際にあったこと。

「手話を使えるゴリラのココと、動物園の事件を知っていたので、すっと結びついた。パズルのピースが組み合う感じで」

人間と野生の対比を伝えるためリアルなジャングルを描く。

裁判の場面から一転、舞台はカメルーンのジャングル、ローズの生まれ育った世界へと変わる。鬱蒼と茂る植物の間を多種多様な動物が動き回り、時に生命の危機に晒される過酷さを併せもつ環境だ。その豊かな描写も、魅力のひとつ。

「ゴリラの生きている社会、ジャングルのルールや文化、そうした環境を通して見た上で、じゃあ人間が作ってきた社会、文化、法律はどうなんだろう、と。きちんとジャングルのリアルを表現できれば、人間と野生の対比がよりよく伝わるかなあと思ったので、そこは手を抜きたくなかった」

そう語るとおり、ジャングルが生き生きと描かれるほど、アメリカで人間に囲まれ暮らす中でローズが感じ悩む姿が響いてくる。自分が人間の言葉を解さないただのゴリラであれば、この悩みも抱く必要がなかったというローズの心の叫びを通して、思わず言葉とはなんだろうと考えさせられてしまう。

「言葉は他人と理解し合うツールでありながら、他人を攻撃するツールにもなる。どう使っていくかは考え方次第。人を傷つけたり、人を操ったりという言葉の側面もありつつ、でも人と繋がり合うために必要だったり。種族を超えて普遍的なテーマなのだと思います」

ローズも言葉を通して彼女を愛する人間たちとの絆をたくさん築いていく。時に冗談を言い合い、言葉で戯れながら楽しい時間を過ごすのだ。そんな彼女がさまざまな曲折を経て最後に何を見るのか、それはもう読んだものだけが味わえるごほうびとなっている。

言葉を解し人間と会話するゴリラのローズが、殺された夫のため、自分のため、人間に対して裁判で戦いを挑む。 講談社 1,925円

『クロワッサン』1098号より

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