また口をモチーフとした話(『食書』)では、書を食べる女を見たことをきっかけに、「本を食べる」という行為に溺れてゆく作家の男を、また鼻の話(『農場』)では、「ハナバエ」(というもの)を育てるために農場へ送り込まれる青年を描く。
日常に不満を感じていたり劣等感に苛まれている主人公が、突如、非日常的なことに巻きこまれてゆく奇妙な話の数々。どれもが、空想の世界なのに、美しい書体で緻密に描かれるから、不思議なほどリアルで、ともすると本当に、今生きているこの世界の片隅には、このようなまだ見ぬ世界が広がっているのではと思わされる。
「僕自身が日常に退屈しているところがありますので、それが怪奇小説を書いていますと、退屈な日常が少し破けていくようで。こんなことが起きるんじゃないかという想像の結果ですね。得られない非日常だからこそ、フィクションで体験できる。こんな小説もあるんだと驚きを感じてもらえたら」