くらし

『ケチる貴方』著者、石田夏穂さんインタビュー。「地味な人間を地味に書いていきたい」

  • 撮影・小川朋央 文・堀越和幸

「地味な人間を地味に書いていきたい」

石田夏穂(いしだ・かほ)さん●1991年、埼玉県生まれ。東京工業大学卒業。2020年「その周囲、五十八センチ」で第38回大阪女性文芸賞を受賞。2021年「我が友、スミス」で第45回すばる文学賞佳作、同作で第166回芥川龍之介賞候補。2022年、本作で第44回野間文芸新人賞候補となる。

主人公の“私”は異常な寒がりである。体はガッチリ、ムッチリしているのに。そしてその体形がゆえに、自分が本当は寒がりであることを会社の誰にも言うことができない(キャラじゃないと思っている)。さらには、寒がる人間には周囲を気遣う余裕はなく、私はいつも不機嫌だ。本作『ケチる貴方』の貴方はそんな人物だが、彼女はどんな着想から生まれたのか? 作者の石田夏穂さんに問うとーー。

「自分は特別に寒がりではないんですが、体がガッチリしている割には、寒い時はやっぱり寒い。で、これって体がエネルギーを出し惜しみしているんじゃないかと思うことがありまして。そんな体の性格があったとして、それを主人公の性格に結びつけたらどうなるんだろうと思い、書きました」

私がケチるのは体温だけではない。直属の課長の退職に伴う郵便の切手代、住んでるアパートの壊れてしまった給湯器の交換費用、そうしたお金を一時立て替えることにさえ抵抗を感じる一方で、私には経験に基づく仕事上の知識を出し渋る傾向もある。

作品では、新たに自分の所属する部署に配属になった新人二人に施す研修で、長いことかけて自力で習得したPCのショートカットやエクセルの小技を教えることに強い拒絶感を覚える。舞台は備蓄用タンクの設計と施工を請け負う会社で、現場での駆け引きや、工場の描写などはリアリズムに徹していて、これも本作の一つの読みどころだ。

「自分は建設会社に勤めているので、自分の日常の知識から自然に引っ張ってきて書きました」

体は自分のものだけれど、他人のようでもある。

例えば、球形タンクを巡る会話。球形タンクはなぜ球形か? 私の問いに、デキる新人が答える。球は同一体積に対する表面積が最小になる形状なので、外部の温度に影響されにくいから、と。

「球形タンクって丸くて親しみやすいんですけど、実は外と接している面積が最も少なくて頑なな感じ。主人公に通じるものがあります」

そして、その主人公はひょんなことをきっかけに体温を手軽に獲得する方法を発見して、物語は意外な方向に展開するのだが……。

単行本に併録された「その周囲、五十八センチ」は太ももにコンプレックスを持つ女性が脂肪吸引を繰り返す話。そして、デビュー作「我が友、スミス」は大会を目指す女性ボディビルダーの話だ。石田作品は立て続けにフィジカルを題材にしているが。

「よく“心身一体”などと言いますが、あまりそうではないと思うところはあります。体は自分のものですが、思いどおりにならない他人のようでもあって、そこが面白い」

その一方で、これからも普通の人を書いていきたい、と言う。

「普通のサラリーマンの仕事ってこんなに地味なんやで、というのを書きたい。地味なんだけれど、こだわりがあって、そこにその人の個性みたいなものがあるという」

次回作も楽しみだ。

"私"は寒い時は必死だ。それなのになぜ体は頑なに熱を生産しないのか? 冷え性と闘う女の内省と日常。 講談社 1,650円

『クロワッサン』1093号より

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