くらし

ぬえさんが語る漫画「はなものがたり」。「冒険に出る女たちを笑う者に抗い、ともに征こう。」

  • 文・ぬえ
「はなものがたり」1 ・2巻 schwinn 作 メディアファクトリー 各704円

「今更なにを塗ったって、同じやけどね。あはは」おどけた調子で化粧する自分を笑う女性たちに、今まで何度会ったことだろう。

この漫画の主人公であるはな代も、そんな女性の一人だ。正確には、今更なにを塗ったって同じと笑っていたのは、彼女の夫である。長年そう言い聞かされ続けたはな代は、どんな色の口紅が自分に似合うのだろうとあれこれ悩むのをやめ、鏡台に向かうことすらなくなってしまうのだった。

そのまま年を取り、介護した夫と死別して彼女はふたたび口紅を手にする。街角の化粧品店店長、芳子との出会いによって。

おずおずと久しぶりの化粧に踏み出すはな代を、芳子は柔らかく豊かな表現で導いていく。そしてはな代がつい、いつもの癖でこぼした「うちがそんな色…みっともないて言われそうで…」という卑屈さへの、こちらも思わず出てしまった芳子の表情と言葉は痛快だ。誰かがそう言ってくれるのを待っていたのだと、はな代と一緒に笑ってしまう。

このン十年ぶりの化粧、ビフォー&アフターのお顔変化が上手いのだ。そうそう、がっつり塗ったわけでなくとも、普段すっぴんの人はこんな風に変わるよねと頷く。こういう楽しさは漫画ならでは。

本作は化粧をきっかけに、自分とは無縁だと思っていた道を見つける冒険物語だ。

自分をスイートピーの花のように変身させてくれる化粧品、今まで手にしたことのない少女小説、綺麗なワンピース、自由に調合できる香水、居酒屋でのお酒、新たな友人、大学での学び、そしてこれまで想定したこともなかった相手への恋心。

はな代は次々と冒険の扉を開けてゆく。冒険のともづれは芳子だが、応援をしてくれる存在が印象的だ。孫の莉子と息子の妻、香織である。彼女たちは、はな代の変化を共に喜び、助言し、そして考える。

冒頭に戻るが、私自身「今更なにをしたって」と自嘲気味に話す女性たち…それはご近所さんであったり、SNSで私にメッセージをくれる名も知らぬ相手であったりするのだが、そうした言葉に触れるたびに歯がゆい思いをし、同時に怒りを抱いた。一体何者がそんなことを言わせるのだと。はな代が受講する文学講座で講師が述べる「どうしても【笑う人】と【笑われる人】がいる」。その構造が社会に確かにある。笑われているのは、はな代だけではない。莉子であり、香織であり、読者の私たちだ。彼女たちはその構造に抗う。

はな代の冒険と、莉子、香織の抵抗は【笑う人】に、あなたの笑いはどこからくるのかと問いかける。その問いかけは笑う側の人間の本人も気づいていない問題を解き、心をほぐしていく。その過程に、読んでいて深い安堵を覚えるのだ。この漫画は、笑う側の人間も、読者も共に、今まで見えなかった道を見出す物語である。

もう私は「私なんて」と俯く人を前に、黙りはしない。そう言わせる相手に対し、けったくそわる!と舌打ちして共に新たな道を探すだろう。

ぬえ

ぬえ さん (ぬえ)

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伝統芸能から大河ドラマ、マンガ、日常など様々なことを SNS、noteで呟いている。note  X(@yosinotennin)

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