くらし

『マンガ ぼけ日和』著者、矢部太郎さんインタビュー。「笑いがページをめくらせてくれるものに」

  • 撮影・三東サイ 文・合川翔子(編集部)

「笑いがページをめくらせてくれるものに」

矢部太郎(やべ・たろう)さん●芸人、マンガ家。1997年に「カラテカ」を結成。舞台やドラマ、映画で俳優としても活躍。マンガ『大家さんと僕』(新潮社)で第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。著書に『ぼくのお父さん』(新潮社)、『楽屋のトナくん』(講談社)など。

心にじんわり染み入る優しいタッチの作風が多くの人を魅了する矢部太郎さんが、新たに送り出したのは『マンガ ぼけ日和』。
認知症専門医の長谷川嘉哉さんのエッセイ『ボケ日和』を原案に、マンガ化したものだ。

認知症の進行によって起こる症状や介護者がどう接すればよいのかを長谷川さんと患者のエピソードを基に描かれる。

「僕は当事者ではないので、描いていいのかなという迷いがありましたが、母が特別養護老人ホームで働いていたので、そのことについてもっと知りたいという気持ちがありました。専門家じゃない僕が描くことで、老いること、生きることを通した“家族”の話にできるんじゃないかなと。教科書のような難しいものや不安を煽るものでなく、笑いや共感がページをめくらせてくれるものにできたらと、文字だけの解説ページは一切つくらず、くすっと笑ってもらえる要素を意識して盛り込みました」

これまで自身の実体験を描いてきた矢部さんが、既存の作品をマンガ化するのは初めてのこと。

「僕がマンガを描くときは、全てを伝えきらずに、そこから先は考えていただきたいと、読者に委ねることが多いのですが、今回は患者さんや家族の想い、長谷川先生のメッセージが伝わるように、泣くような感情を押し出すシーンもあえて描くようにしました」

何が起こるかを知っていれば受け入れる心の余裕が生まれる。

本書には軽度認知障害や認知症患者の段階別の症状がわかりやすく描かれている。
「お金を盗った」と身近な人を疑う「モノ盗られ妄想」もそのひとつ。最も頼りにしている人に意識が向いている認知症患者は、うれしいことも悲しいこともその人に結びつけて考える。だから、「お金を盗った」は「アンタがいないと困る」の裏返し。“介護の勲章”だという。

「もっと早く知っていれば、もう少し優しくできたかもしれない……」。自責の念を抱く介護経験者を多く知る長谷川さんならではの温かな言葉が随所にちりばめられている。

「これから何が起こるのか、なぜ起こるのかを知っていれば、介護をする側の心持ちも変わるように思います。新喜劇のお約束のギャグみたいに、出た出た!と受け止める心の余裕ができますよね」

患者が最期を迎えるまでを書いた認知症の本は極めて少ない。だが、本書は認知症を患ってから終わりを迎えるまでを春夏秋冬の四季になぞらえてしっかり描かれる。

「エッセイ同様、患者が亡くなるところまで描いてほしいと長谷川先生からお話がありました。急にガンと着地してつらいことにぶつかるのではなく、ゆっくり受け入れてソフトランディングできるよう、先を見通して心構えを持たせてくれる、先生の優しさだと思います」

認知症は英語で『ロング・グッドバイ』という。知らないことには不安や恐怖がつきまとうが、ゆっくりお別れをしていく最期の時まで、本書はその先を優しく照らす道標になってくれるに違いない。

エッセイ『ボケ日和』のエピソードを抜粋し、どう描くか、構成は全て矢部さんが考案。認知症患者と家族の日常が温かく描かれる。 かんき出版 1,100円

『クロワッサン』1093号より

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