くらし

『母の味、だいたい伝授』著者、阿川佐和子さんインタビュー。「台所の景色みたいなものが、伝授されている」

  • 撮影・三東サイ 文・本庄香奈(編集部)

「台所の景色みたいなものが、伝授されている」

阿川佐和子(あがわ・さわこ)さん●1953年、東京生まれ。報道番組のキャスターなどを経て、エッセイスト、小説家に。週刊誌の対談連載ではインタビュアーを長年務める。ドラマ『陸王』(TBS)や映画『エゴイスト』に出演するなど、女優としても活躍。

おいしいあれこれについて語ってきた阿川佐和子さんの人気エッセイ「残るは食欲」シリーズから、また新しい本が生まれた。

今回は2020年の緊急事態宣言最中に書かれたものもあり、またその中で母を看取った。
「家で作るものに視点がいっていたし、母が作っていたものを思い出して作ることも多かったかもしれない」と言う。

タイトルは「母の味、娘が伝授」ではなく、「だいたい伝授」。ユーモラスなタイトルに阿川さんの明るさやおおらかさが詰まっているが、どんな意味が込められているのか。

「今母の味を再現しても本当にだいたいで、母と同じ味ではないだろうと思うんです。だんだん自分の生活が成立してくると、食べた記憶はあるけど、出来上がったものは別物になっている可能性が高い。

でも、ちょっとした風景みたいなものは残っている。例えば、母は大根を切る時に、最初に一枚だけ薄く切って、そのまま食べる。それからうーん何にしようかな、とか言って。それを私はなんとなく再現しちゃうんです。そういう習慣的なことを、娘っていうのは継いでいくものなのかもしれません」

そして、“だいたい”という言葉にも馴染みがあった、と続ける。

「昔、娘時代にお菓子作りに夢中だった頃があって。オレンジババロアを作って友だちにプレゼントしたら『おいしかったからレシピを教えて』って言われて。卵白はこうとか書いていって、『だいたいこのくらいの硬さになったら』とか『だいたいこのくらい砂糖を入れたら』とか書いていたらしいの。そしたら彼女が『あなたのレシピってほとんど“だいたい”だからわからない』って(笑)。その頃から私は“だいたい”なんでしょうね」

数珠つなぎの献立リレーはおかしみと共感でいっぱい。

エッセイのテーマは母が作っていた記憶を辿ってアレンジを加えた鶏飯やサラダ、親戚の集まりで作ったカレー……読んでいるだけでお腹が空いてくる。ベッドの中で毎朝、「あれが傷んでしまいそうだから使わなくちゃ」と延々献立を考えている話にも共感する。

「柿が柔らかくなってしまったけどジャムにしたらわからないか、とか、日が経ってきたポトフには、冷蔵庫で見つけたココナッツミルクを入れてカレーにしてみようとか。最近とみに、昨日食べたこれは今夜また出すわけにはいかないと、どう変化させたら新たな料理にしておいしいものになるか、ぐだぐだ考えています。家の惣菜って基本的にその繰り返しですよね」

そんなある日、お腹が痛くなった。病院に行ったら「小さな雑菌が入ったかもしれない」と。ココナッツカレーのせいだろうか、それとも……と思案する。別の日にはアニサキスにあたり、健康診断では動脈硬化と診断された。それでも、食への意欲は常に前向きだ。
「お腹が空いたらおいしいものを食べたい。ひたすらそれを楽しみに生きているんだと思います」

さぁ今日は何を食べる? 毎日の悩みのタネも楽しく思えてくる。

2018年〜2020年にかけて月刊誌『波』に連載された「やっぱり残るは食欲」に書き下ろしエッセイ等を加えた、シリーズ最新刊。 新潮社 1,540円

『クロワッサン』1094号より

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