家族を失った自身の体験と記憶を出発点に、喘息という体の記憶も呼び起こして執筆した。
「発作の最中に見える景色って、自分が幼かったということもあって今見えるものとは大きく違っていたんです。その違いについて描写を重ねたいという思いもありました。幸福な記憶ではないけれど、小説に書いたように、当時は喘息で苦しむ自分こそが本当の自分ではないかという感覚もありました」
喘息の描写は、ありありと伝えることを目指したという。
「他の人たちにとっては当たり前なはずの息ができない。でも熱が出ているわけでも血が流れているわけでもなく、外からは見えない。読んでくださる方には、息苦しく感じさせてしまうかもしれませんが、読み終えたあとに少しでも息をつけるような、何かがスッと通るような瞬間があればうれしいです。書いた私にとっては、言葉にしていく過程で、ぼんやりとした苦しみでしかなかったものに輪郭が生まれていった。それによって、小説として書くべきことを見つけていきました」