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『水車小屋のネネ』著者、津村記久子さんインタビュー。「人は全部を持っていなくても、誰かに親切になれるものです」

文・遠藤 薫(編集部)

「人は全部を持っていなくても、誰かに親切になれるものです」

津村記久子(つむら・きくこ)さん●1978年、大阪市生まれ。2005年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞してデビュー。’09年「ポトスライムの舟」で芥川賞。近著に『つまらない住宅地のすべての家』など。
津村記久子(つむら・きくこ)さん●1978年、大阪市生まれ。2005年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞してデビュー。’09年「ポトスライムの舟」で芥川賞。近著に『つまらない住宅地のすべての家』など。

新聞の連載小説という大仕事を前に、津村記久子さんは考えた。1年間という長丁場の連載、前から興味のある鳥のヨウムと水車小屋のことなら書けるかも。

「賢い動物について調べるのが好きなんです。ヨウムはとても賢く、動物好きの間では知られた存在。しかも長生きすると50年ぐらいになるというので長編にぴったり(笑)。水車小屋については以前、中世ヨーロッパの水車についての本を読みました。川の力で粉も挽けるし製薬もできるし、すごくいいなって」

物語は、18歳の理佐が8歳の妹・律を連れて、身勝手な親のもとを出奔する場面から始まる。たどり着いたのは川の流れる小さな町。理佐は小さなそば店で働き始める。

賄いと住居補助つきのその求人には変わった付記があった。〈鳥の世話じゃっかん〉それは店の裏の水車小屋に住む、しゃべる鳥・ヨウムのネネの世話を意味していた。

本書は、ネネに見守られながら成長していく姉妹と、関わる人たちの40年間を縦横に紡いでいく。

そば屋の店主夫婦、律の担任教師、町の人たち。傍目にもおぼつかない暮らしを送る姉妹を、はじめ大人たちは遠巻きにし、親もとに帰そうとする。しかしひたむきに自立をめざす2人を、次第に受け入れ支えていく。全てをひと飛びに好転させてくれる救世主はいないけれど、背中をそっと支えるような少しずつの良心が、じんわりと温かい。

「優しいけれど、極端ではない親切。読者から見て『これなら自分にできないことはない』くらいになるよう心がけました。現実の人間って良い人ばかりでもないけど、すごく悪い人もそうはいない。その濃淡の間でできる程度の親切で、人って生きられるものなんです」

〈誰かに親切にしなきゃ、人生は長く退屈なものですよ〉

親の庇護のないタフな人生を歩む理佐と律。2人と関わる人々もまた、何がしかの欠落を抱えて生きているのだった。子を喪った過去、音楽家になる夢の挫折。誰もが痛みや欠落を抱えたまま、人生は続く。

「人に親切にしたので夢が叶いました、というのは違うと思いました。望んだ何もかもが手に入れられるわけではないし、だからといってそれは不幸ではない。何かを持たないままでいいし、諦めることがあってもいい。人生、すべてのカードを揃える必要はないですから」

誰かの支えが、誰かが外に出る力になることも。

40年の月日の中には、震災など現実の出来事も織り込まれる。町から出ていく人もいる。

「町で育った人物が、周りから分けられた善意によって、外に出ていく力、自分が役立てると思える場所に向かう力を身につける、ということも書きたいと思いました」
〈自分が元から持っているものはたぶん何もなくて、(中略)出会った人が分けてくれたいい部分で自分はたぶん生きてるって。〉

人は欠けたところがあっても、少しだけなら誰かの力になることができる。それはいつか自分の人生をも、照らしてくれるのだ。

2人で生きると決めた18歳と8歳の姉妹が出合ったしゃべる鳥・ネネ。周りを取り巻く人びととの40年の月日を綴る。 毎日新聞出版 1,980円
2人で生きると決めた18歳と8歳の姉妹が出合ったしゃべる鳥・ネネ。周りを取り巻く人びととの40年の月日を綴る。 毎日新聞出版 1,980円

『クロワッサン』1092号より

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