『サキの忘れ物』著者、津村記久子さんインタビュー。「別の世界は自分のひと押しで開けると伝えたくて」
撮影・新潮社(著者)黒川ひろみ(本)
「別の世界は自分のひと押しで開けると伝えたくて」
津村記久子さんの新刊は、9編の短編からなる一冊。その多くが、たやすくない状況を生きる現代の女性を主人公にしたものだ。
表題作「サキの忘れ物」の主人公・千春は、高校を中退して喫茶店でアルバイトをしている。唯一の友だちだった美結がしばしば訪れるが、その関係も200円のミルクを千春が奢らないことで〈もう来ないから!〉とあっけなく崩れる。
「王国」では、幼稚園児のソノミが、何かと難癖をつけていじめてくる同輩に辟易する。「隣のビル」の〈私〉は、常務のパワハラが日常化した職場に身を置いている。
〈おまえ、トイレが長すぎるんだよ!と怒鳴られた。昨日のことだった〉〈私は昨日撃って怪我させたばかりの新しい獲物なので、きっとどのぐらい足を引きずっているか、常務は興味津々といった態で観察しているだろう〉
不遇の女性を書く理由は?
「私自身が、ずっと安楽ではない状況にあった自覚があるんです。自分も子どものときにソノミみたいな状況だったし、新卒で就職したところもひどい会社だったし」
だからそういう主人公を書くのが自分には普通のこと、と言う。
「幼稚園でイジメてくる子とか、持て余した暴力的な金持ちのおじさんとか、普通の人が生きていて、そういう奸悪者に出くわす確率ってとても高いじゃないですか。そういうときに、どううまく逃げるかを書くことには、意味があると思うんです。たぶん私が読者として読んだときに、『ああこの人も苦しんでいる。この人もこんな目に遭ったんだ』ということが分かれば、救われることもきっとある」
一歩踏み出せば、こことは別の世界が広がっている。
主人公たちは作中、それぞれ一歩踏み出す扉を開ける(「隣のビル」の〈私〉は隣接する建物に飛び移る!)。そこに差し込む光が見える。
「自分を侵害してくる人間というのは、小さな世界に敢えて閉じ込めようとしてくる。『隣のビル』の常務が、世界はそのビルしかない、ここのルールに従う以外に生きる道はないと思い込ませたように。でもそれはまやかしで、今いる世界と同じ比重で、実は外の世界があるんです。そのことに主人公たちが気づく物語を書きたかった」
現実社会でも、女性であることで不利な立場に置かれ、苦しむ人が多いのが不公平だ、と津村さん。
「なんで男の人はあんなに自由に振る舞えるのか、と疑問に思います。腕力が強いことは大きい。そういう、暴力的なふるまいをする人が歴史を作ってきたんだな、という思いもある。それにどうやって抗うか、というのが自分のテーマ」
#Me Tooみたいな大きなムーブメントでなくても、個々ができることを書いていきたいと語る。
本書ではほかに、ゲームブック形式やガイドブック風の作品も収録。その緩急が愉しい。
「しんみりした話の間に入れたことで、“日常のすぐ隣に別の世界が広がっている”と伝えられたら」
『クロワッサン』1029号より