主人公のビリーは空飛ぶ円盤でやってきたトラルファマドール星人にさらわれ、彼らの星の動物園に収容される。トラルファマドール星人は四次元的知覚を有していて、生命の一生を〝同時〟に見ることができた。
「人が死ぬときは死んだように見えるけれど、過去ではその人はまだ生きているのだから、葬儀の場で泣くのは愚かしい。あらゆる瞬間は、過去、現在、未来を問わず常に存在していて、常に存在し続ける、とトラルファマドール星人が語るんですけど、ある状態に戻ればいつでも生きているっていう観点には感動しました。こうした死生観が本書には通底していますが、それは諦念とも捉えられるけれど、もっとポジティブな死生観として非常に希望に満ちたものだと思えたんですよね」
ビリーは死に触れるときに「そういうものだ(So it goes)」とつぶやく。たとえば、「マーティン・ルーサー・キングが撃たれたのは、一カ月前である。彼もまた亡くなった。そういうものだ」というふうに。
「最初は小説的な仕掛け、村上春樹が書くところの『やれやれ』みたいな感じで、言葉の装飾としてしか捉えていなかったんです。でもずっと『そういうものだ』って伝えていくメッセージが、『なるようにしかならない。あきらめなさい』ではなくて、『人生そういうものだけど、いいんだよ。悲観することはない』っていうふうに明るく捉えることができるんですよね。『そういうものだ』っていうフレーズが、だからすごく印象に残りました」SFに抱いていた殺伐としたイメージが詩情豊かなこの小説で一掃され、幸せな読書体験になったと角田さん。
「この本の位置づけはわからないですけど、人間の条件とか人生の本質を突いているし、私にはSFに思えなくて。これをSFとするならば、今まで読んできた本にもSFがけっこうあったんだなって思いました。ジャンルを超えた感じの本ってあるじゃないですか。そういう本には慣れていたから。できればもっと早くこの作品を読みたかったですね。食わず嫌いは損をするってことでしょうか(笑)。ヴォネガットの作品をこれからもっと読みたいです」