「泣かせる話が多いと思って」と時代小説を避けていた梯久美子さんに文芸評論家の高橋敏夫さんが「苦手な人でも読める」という作品をセレクト。
『おさん』山本周五郎
現在の時代小説ブームの中心が江戸市し井せいもの(町人もの)なら、市井ものの創始者山本周五郎は、ブームの陰の立役者だ。ここには、「おさん」「夜の辛こぶし夷」など、女と男との濃密な関係が執拗に描かれた短編が収められている。(新潮文庫670円)
『用心棒日月抄(ようじんぼうじつげつしょう)』藤沢周平
山本周五郎から市井ものを引き継ぎ発展させた藤沢周平。主人公は死ぬか行方知れずになる「負のロマン」を書いていた作家が、明るくユーモラスで、主人公が生き続ける物語へと転じた作品である。用心棒同士の友情も際立つ。(新潮文庫 750円)
『婢伝五稜郭(ひでんごりょうかく)』佐々木 譲
維新後の官軍史観からは旧幕軍による無駄な抵抗と貶められる五稜郭戦争。降伏直前の榎本軍から、新たな圧政を厭い自由と平和の共和国創りを夢みて、多くの人々が北方へと向かった。主人公は恋人を殺された女性である。(朝日新聞出版 780円)
『村上海賊の娘』和田 竜
『のぼうの城』『忍びの国』など大人気作品の作者は、追い詰められた少数派が、圧倒的な勢力を誇る多数派に刃向う物語を得意とする。本作では、織田信長勢を相手に村上海賊の痛快な戦いが描かれる。時代小説ならではの作品だ。(新潮文庫 全4巻 590〜630円)
『弥勒の月 』あさのあつこ
児童文学の大作『バッテリー』の著者は、藤沢周平に導かれ時代小説を書きだす。江戸の町をステージに光と闇、弥勒と夜叉が激しく交叉する。岡っ引きの「人てのはおもしれえ、底なしにおもしれえ」という言葉が響く。(光文社文庫 571円)