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梯久美子さんが苦手な時代小説を克服した、山本周五郎「おさん」

  • 撮影・青木和義 文・一澤ひらり

梯さんの脳裏にオーバーラップしたのは昨年末、梯さんが12年もの苦闘の果てに上梓した『狂うひと』で取り上げた、『死の棘』の著者・島尾敏雄の妻、ミホさんのことだった。『死の棘』は夫の不倫をきっかけに妻が狂乱し、死の瀬戸際まで追い詰め合った夫婦の壮絶な愛を描いた私小説の名作。だが、その後明らかになったさまざまな新事実と、粘り強い取材をもとに、この夫婦の〝神話〟を覆したノンフィクションの力作が『狂うひと』だ。

「『死の棘』のすごいところは、妻のミホさんがどんな人なのか、島尾敏雄が全然わかっていないところなんです。わからないものをわからないままに延延と書いて、妻の内面には入り込まない。だからこそ不気味かつ美しく、心惹かれる作品になったんです。『おさん』もそうですけど、ヒロインの心理描写をしない小説って一般的に言って読むのが困難ですよね。読み手は安易に感動できないし、感情移入もできないし」

梯さんの新刊『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』 新潮社3,000円

どこか釈然としない読後感が残る。でも不思議なことにその味わいが悪くない、と梯さん。むしろスッキリしないからこそ、読み応えを感じる。いったい、そこに宿るものとは何なのか?

「『おさん』のように女性の怖さ、不思議さを浮かび上がらせることで、ちょっと不気味なものに触っちゃったかもしれないみたいな手触りを感じさせることって、小説や、大きく言えば芸術表現すべてに必要だと思うんですよね。さらっと読んで何時間か楽しませてもらっただけでは終わらないものがこの小説にはやっぱりあって、さすが時代小説のビッグネームだと感心しました」

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