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梯久美子さんが苦手な時代小説を克服した、山本周五郎「おさん」

  • 撮影・青木和義 文・一澤ひらり

ステレオタイプになりがちな 男性作家の女性像を超えて新鮮。

短編集『おさん』は表題作をはじめ、山本周五郎が昭和17〜33年に書いた10編の短編で編まれている。構成の巧みさ、含羞のある文章、精緻をきわめた手法で完成度は高い。

「女性を見る目がいかがなものかと思える男性の作家はたくさんいるけれど、この短編集を読む限りでは山本周五郎には、女性を類型化せずに人間として見る目線がありますよね。男性の作家が全部わかった気になって女性の内面を書いたとしても、その作家の単なる女性の好みだったりしてステレオタイプになることが多いんですけど、そういうレベルを超えた眼差しの確かさがあると思います」

「内面に入り込まないことで女性を浮き彫りにして、読み応え満点」

時代小説の人気の秘密は、封建社会という時代の装置のなかで、個人の自由意思で生き方を決められる範囲が狭いというところにあると指摘する。

「制約のなかで生きる美学って若いころの私はすごく嫌だったんですよね。分をわきまえて生きろって押しつけられているみたいで抵抗があったんです。でも年齢を重ねて与えられた運命のなかで生きていくことの哀切さが少しはわかるようになってきて、制約を超えられない社会の中で一途に生きる姿を描くことで、人間の哀しみや喜びを浮き彫りにする山本周五郎の筆力の素晴らしさに気づいてしまったのかな、とね」

時代小説にありがちな男の美学、女の美学にどっぷり浸かる気はないけれど、自由のない封建社会で生きる姿をきれいごとでなく描いた「おさん」は、時代小説の見かたを変える端緒になったという。

「女というものはこういうものだとか、決めつけていないところがいいですよね。もっと山本周五郎を読んでみたくなりました。ただ人情噺にほろっときちゃうのも苦手なので、『おさん』のようなザラッとした手触りの、読み応えがあるものがいいですね」

『クロワッサン』955号より

●梯久美子 作家/2006年『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅壮一ノンフィクション賞、昨年刊行された『狂うひと「死の棘」の妻・島尾ミホ』で読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞などを受賞した。

●高橋敏夫 文芸評論家、早稲田大学教授/1952年生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後に同大学院修士・博士課程で日本近代、現代文学を研究。著書に『藤沢周平︱負を生きる物語』『時代小説に会う!』など多数。

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