渡辺 ギリシャ語やローマ語の原典を読めたルーベンスは、古代の世界に浸りきることができたはずです。絵画の中の物語がリアルに浮かび上がって見えるのはそのためでしょう。
しりあがり 物語のリアリティを意識していたんですね。学生に漫画を教えるときにも、架空の物語をいかにリアリティをもって伝えるかが大事だということを話します。必ずしも絵はうまくなくてもよくて、今ここにない世界をいかに再現するか。絵画の歴史も同じなのでしょう。ルーベンスの絵は、それまでの絵とは空気感みたいなものが違って、ドラマチックに見えます。演劇にたとえるなら、照明とか舞台セットが急に進化したようなイメージ。
渡辺 まさにそのとおりで、この時代の絵というのは、窓の向こうにある架空の世界を描くものでした。つまり額縁が窓なのですが、その窓の存在を感じさせないような描き方をする。あたかもリアルな世界が広がっているように見せるわけです。ただ、リアル=写実的というわけでもないんですよね。ルーベンスは五感に訴えるような手法で物語を伝えようとしました。
しりあがり 別の世界がそこにあるかのようにリアルに感じられるものといえば、今なら写真や映画ですよね。
渡辺 ルーベンスが考えていた絵画の物語性は、映画的ともいえます。一つのフィクションの中に知覚した世界を本物のように感じるという意味では、当時の人たちが絵画に求めていたものは、私たちも理解できるんじゃないでしょうか。
しりあがり 今も昔も、架空の世界を楽しみたいという欲求は同じなのかな。もし現代にルーベンスが生きていたら、画家じゃなく映画監督になっているかも? 工房をかまえて商業的に成功したっていう話も、ちょっとハリウッドっぽいじゃないですか。
渡辺 大勢の弟子がいて、どれだけ画家本人が関わるかによって価格を変えたりと、システマティックに工房を経営していたみたいですね。版画をたくさん刷って、かなり儲けていたとか。
しりあがり 現代の芸術家のイメージからは意外だけど。ルーベンスのような画家が実業家でもあったというのは想像がつきます。やっぱり、今だったら絶対にお金かけて映画撮ってますよ。「ヘラクレスの逆襲」みたいな超大作を。そんな世界観を一枚の絵で表現していたんだから、すごいなぁ。ルーベンス、おそるべし!