しりあがり ヴィーナスなどの女神が、かなりふっくらしていますね。
渡辺 いろいろな憶測があります。単純にそういう女性が好きだったとか、奥さんが太っていたとか。でも私は、官能的な女性像を、より自分らしく描く意図があったのではないかと思います。当時、画家たちは古代彫刻やミケランジェロなどのまねをして、どっちが上手か、どういうところが違うかなどと比較して個性を発揮していました。古代彫刻における身体表現が絶対的な美とされていましたが、ルーベンスが描く身体の触れられそうな質感は、彫刻では表せないものですよね。
しりあがり 今は、個性ってそれぞれ違うもんだと教わるけれど、この時代のヨーロッパは違ったんですね。
渡辺 それに、女性のふくよかさは、「豊饒」を表しています。ヴィーナスは美や愛の神である以前に豊饒の神といわれ、それが神話のテーマなのですが、晩年のルーベンスを語るときにも豊饒さがキーワードになります。
しりあがり 《エリクトニオスを発見するケクロプスの娘たち》の3姉妹のヌードなんて、その言葉がぴったりですね。大きな画面のなかに、いろいろな意味が重なり合っているところもまた豊饒だと感じられます。
渡辺 どの絵にも通底して流れているテーマかもしれません。彼は外交官としても活躍し、故郷ネーデルラントに平和をもたらして豊かにしたいと、国の豊饒も願いました。私生活でも2度結婚し、8人の子どもがいたそうです。
しりあがり 子どもの絵がすごくいいなと思いました。甥っ子を描いたとされる《眠る二人の子供》なんて、ほとんど印象派じゃないかと思うくらい時代の先を行っている作品。対象を描くというよりも、安らかなイメージそのものが描かれています。
渡辺 子どもの絵は、自分の楽しみで描いたもの。誰かに見せるためではないので、筆のひと刷毛にも感情が込められていて、色彩やタッチにルーベンス自身が表れているところが魅力です。《クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像》も、キャンバスをとおして娘への愛情表現を交わしていて、とてもモダンですよね。彼自身、恵まれた生い立ちだったこともあって、奥さんや子どものことも大切にしたそうですよ。
しりあがり 家族を大事にするし、画業では大成功するし、インテリで外交官としても活躍するなんて、ルーベンスって非の打ち所がないみたい。
渡辺 わりとケチだったなんて話もあるんですが、まあ、完全無欠ですよね。彼が同時代のほかの画家と比べて秀でていたのは、なんといっても教養。宮廷でそこを見込まれて外交にも携わっていたわけですが、普通は画家が外交官をするなんてことはありません。スペインの王様が、「なんで画家なんか寄こすんだ!」と腹を立てたというエピソードも残っています。
しりあがり 知識と教養がなければ、いろいろな意味を重ね合わせた高度な絵は描けないでしょう。売れっ子だったのも頷けます。