くらし

【金原瑞人さんに聞く】押し付ける気はないけれど、子どもたちに本当は読ませたい本。

  • 撮影・大嶋千尋、角戸菜摘 文・石飛カノ

[日本]男女の愛憎、エロス、不条理。自分たちがまだ10代だった頃に、親の目を盗むようにして読んだ忘れ得ぬ日本の作品、7冊。

紋切り型の物語も、谷崎が書くと変態小説に。

『お艶殺し』谷崎潤一郎 533円(中公文庫)

資産家の奉公人・新助とその家の娘であるお艶は相思相愛になり、駆け落ちをしてふたりで暮らすようになる。ところがお艶は芸者となって新助を欺き、多くの男に体をまかせる悪女であった。そのことを知った新助はタイトルどおりに……。

《金原さんおすすめポイント》
身分違いの男女が駆け落ちをして、でも女性のほうは一皮むけば悪女。それでも男は離れられなくて、結局女を殺してしまう。江戸時代の芝居によくあるような紋切り型の話ですが、谷崎が書くと面白い。
谷崎がまだ世に出る前、初期の作品で、かなり通俗的に書かれていますが、晩年の『鍵』や『卍』などを読めばわかるように、どろどろした男女の愛憎を書かせたら天下一品。これは嫉妬を起爆剤にして自分を奮い立たせていくという話ではありませんが、充分、大人の“変態”小説です。

海外での評価も高い、不条理なファンタジー。

『砂の女』安部公房 520円(新潮文庫)

海辺の砂丘に昆虫採集にやってきた主人公が、巨大なアリ地獄のような砂の中に閉じ込められ、その中の集落に住んでいる女と一緒に暮らさざるを得なくなる。女と夫婦のように生活しながらも、主人公がさまざまな脱出を試みる物語。

《金原さんおすすめポイント》
海外でも高く評価されている作家・安部公房の代表作。男と女の関係というのが、ある意味、物語の核になっています。
非現実のあり得ない状況なのに、砂の情景や背景の描写が細かく書き込まれていて、リアリティのある作品としてまとまっています。当時の社会背景云々というよりは、僕は純粋に不条理なファンタジーとして読み、忘れられません。
現在、この作品が忘れかけられていて、もったいないという気持ちもあり、リストに入れました。

大阪弁の会話文体が秀逸な、野坂作品の傑作。

『エロ事師たち』野坂昭如 520円(新潮文庫)

時は昭和30年代。主人公のスブやんは、性行為の盗聴テープやブルーフィルムというエロ映画を作って売る「エロ」。世の男性の欲望を満たすため、あらゆる方法でエロを提供するスブやんとその仲間たちが、裏社会でしょぼく活躍する。

《金原さんおすすめポイント》
物語の多くを占める語りの文体は大阪弁で、これがすごく面白い。「エロ事師」という仕事にもかかわらず、起こる事件はセックス絡みではなく、非常に人間的でおかしみのあるものばかり。
不能になった主人公が七転八倒して男としての機能を取り戻そうとする姿は、笑える一方、やがて切なくもあり、大人のペーソスを感じることができます。
教科書に載る野坂作品は『火垂るの墓』ですが、高校生になったらこっちのほうが断然面白く読めるはず。

現代人が平易に読める、言文一致体の第1号。

『怪談 牡丹燈籠』三遊亭円朝 700円(岩波文庫)

浪人の新三郎と旗本の娘・お露はお互いに一目惚れをするものの、お露は亡霊に。夜ごと牡丹燈籠を提げて新三郎の元に通うお露の正体が知れると、新三郎は家中の戸にお札を貼って身を守る。悲しげに新三郎に呼びかけるお露だったが……。

《金原さんおすすめポイント》
明治の落語家・三遊亭円朝が語った噺をまとめた速記本が当時ベストセラーになりました。
話そのものは色と欲の物語。新三郎が所有する長屋の店子(たなご)の伴蔵夫婦は、亡霊となったお露からお札を剥がしてほしいと頼まれ、それなら百両を、と無心する。その百両を持って逃げた伴蔵は、結局、色と金が絡んでついに女房を殺してしまう。
明治17年刊行ですが、口語なので今読んでも全然難しくありません。言文一致体で知られる二葉亭四迷はこれをお手本にしています。

情熱的でエロティック。優れた歌は脳に残る。

『みだれ髪』与謝野晶子 400円(角川文庫)

歌人・与謝野晶子の歌集。不倫の関係から始まり、将来結婚することになる与謝野鉄幹への想いをベースに、女性の恋愛感情をストレートに表現。最新の文庫版では、現代語訳の解説も添えられた読みやすい体裁になっている。

《金原さんおすすめポイント》
鉄幹に想いのたけを打ち明ける歌の数々は、よくいえば情熱的、そうでなければとんでもなくエロティック。たとえば、
《乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅ぞ濃き》
という歌は、自分の裸の胸をおさえながら神秘の扉を蹴り、そこにある「紅」は何か……と考えていくと、わくわくします。明治30年代に女性がよくこれを歌ったな、と。僕は中学生でこれを読みました。中高生の頃は歌や詩ですごいものに出合うと、自然に頭に入ってきます。

性描写は一切なし。逆にそれが官能的。

『眠れる美女』川端康成 490円(新潮文庫)

主人公は67歳の老人。老人は知り合いの紹介で、ある秘密会員クラブを訪れる。そこには薬で眠らされた裸の娘がいて、一晩同じ布団で過ごせるのだ。味を占めた老人は、2度、3度と通いつめては裸の娘と添い寝し、さまざまな思いを馳せる。

《金原さんおすすめポイント》
これはもう、川端康成の傑作中の傑作。性的行為ができなくなった老人が処女と添い寝する、それだけの話なのに、女の子に対する自分の気持ちを描きつつ昔の女に思いを馳せたり、裸の女の子の側にいるだけの状況を延々と描写したりと、とにかく読ませます。
性描写はないんですが、逆にそれがエロティック。川端康成はこういう作風が本質なのではないか。『雪国』の内容を詳しく覚えていなくても、これや『片腕』は大人になっても忘れられない作品です。

おかしみの裏にある自我にヒリつく青春記。

『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』中島らも 440円(集英社文庫)

有名進学校の「灘校」に優秀な成績で入学したはいいけれど、学業以外の活動に打ち込みすぎて成績はガタ落ち、たちまちオチコボレに。修学旅行でパイナップルを肴に酔いつぶれてから18年間、酒を飲み続けた作者の自伝的エッセイ。

《金原さんおすすめポイント》
ろくにギターを弾けない自分と友人でロックバンドを結成したり、シュロとバナナの繊維と鳥の餌に入っている麻の実でマリファナを作りバッドトリップしたり……抱腹絶倒、笑いなしに読めない’60年代後半〜’70年代の青春記です。
一方で、妙にはずれたおかしみの裏には、得体の知れない自我がチラッチラッと顔を覗かせ、ギリギリのところで作者が何を考えていたかがわかります。10代が読んだら、ヒリヒリと身につまされるような感覚を覚えると思います。

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