くらし

【金原瑞人さんに聞く】押し付ける気はないけれど、子どもたちに本当は読ませたい本。

  • 撮影・大嶋千尋、角戸菜摘 文・石飛カノ

[海外]禁断の恋、不実、性的嗜好……。自分の中に眠る大人を意識して、背伸びしながら耽ったあの世界。海外の“危険本”はこの7冊で。

したたかな女性に翻弄される疑似体験を。

『マノン・レスコー』アベ・プレヴォー 520円(新潮文庫)

騎士デ・グリューは美少女のマノン・レスコーと出会い、ふたりは駆け落ちをする。マノンは快楽に貪欲で、浪費家。彼女を愛した男性たちは次々に破滅。遂にフランスからアメリカに追放されたマノンにグリューは付き添っていく……。

《金原さんおすすめポイント》
これも発禁本。マノンは恋多き女というか悪女で、主人公がひたすら翻弄されていく物語。女性がしたたかな小説というのはけっこうあって、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』でも、13歳のジュリエットが積極的にロミオを誘います。
今読むと男がバカで女性のほうが自立しているようにも見えます。でも、惚れ込んだ相手にひどい目に遭わされる、実際にそういう目に遭うのは嫌だけど何かロマンを感じる、という気持ちは人間誰しもあるのかもしれない。谷崎の『お艶殺し』と比べると面白いです。

不確かな愛の物語? シェイクスピア喜劇の真骨頂。

『新訳 夏の夜の夢』シェイクスピア 400円(角川文庫)

大公の娘ハーミアは、父親にディミートリアスとの結婚をすすめられるが、それを拒み、想いを寄せるライサンダーと森に駆け落ちする。ディミートリアスはハーミアを追い、一方、彼にぞっこんなヘレナもその後を追って森へ。妖精パックがそこで悪戯を仕掛けて……。

《金原さんおすすめポイント》
夏至の夜には妖精の世界と人間の世界の壁がなくなり、妖精の連中が紛れ込んだ人間界でひと騒動が起こるという喜劇です。
妖精パックがライサンダーの目に惚れ薬を間違って塗ってしまい、ライサンダーはヘレナを好きになってしまう。それでいっぺんに4人の関係がギクシャクするんです。惚れ薬を塗ると好きな相手がころっと変わる。愛がいかに移ろいやすいかという比喩としても読めます。
シェイクスピアは日本では『ハムレット』など悲劇が有名ですが、イギリスでは喜劇もとても人気です。

愛憎ものというより、青春のほろ苦い恋の思い出。

『初恋』トゥルゲーネフ 520円(光文社古典新訳文庫)

16歳の少年ウラジーミルは、隣に引っ越してきた年上の美しい女性ジナイーダに恋心を抱く。彼女を崇拝する年上の男たちを好きなようにあしらうジナイーダ。だが、そんな彼女に心から愛する男性がいることにウラジーミルは気づき、ついにその正体を知ってしまう。

《金原さんおすすめポイント》
お艶やマノンのように、ジナイーダもまた、ある意味ではファムファタール。悪女的な要素はあるけれど、心から自分のすべてを捧げている意中の男性がいるという点が、2人の女性とはちょっと違います。
彼女は好きな男性を追いかけていきますが、その男性に乗馬用のムチで打たれるというくだりがあります。当時、読んだ時、その描写にびっくりしたことを覚えています。
ジナイーダの恋もウラジーミルの恋も成就しないんですが、この作品は愛憎ものというより、青春の切ない思い出の物語です。

20世紀に入って文学作品と認められた発禁本。

『危険な関係』(上) ラクロ 720円(岩波文庫)

舞台は18世紀のパリ。メルトイユ公爵夫人とヴァルモン子爵はともに恋愛の駆け引き巧者。貞淑なツールヴェル夫人の攻略に腐心するヴァルモン子爵はメルトイユ夫人と結託し、ツールヴェル夫人に自分の悪口を吹き込む女性の娘セシルを誘惑する。退廃的恋愛ゲーム。

《金原さんおすすめポイント》
書簡体小説ですが、登場人物の関係が錯綜していて、相関図を書かないと理解できないくらい複雑です。
18世紀のパリの貴族社会では、いかに異性を攻略するかということに楽しみを見出していました。そのためには手間も惜しみません。結局、ヴァルモン子爵はツールヴェル夫人を攻略するんですが、セシルの恋人に決闘で殺され、メルトイユ夫人は天然痘で亡くなり、セシルは修道院に入るという実に悲惨な話。
出版当初から発禁本でしたが、20世紀に入って心理小説の先駆けといわれ、名作の棚に並びました。

ワクワクゾクゾクの心理描写が秀逸な賭博小説。

『賭博者』ドストエフスキー 520円(新潮文庫)

舞台はドイツの架空の町。主人公の青年はある家の家庭教師。その家は実は破産寸前で、「おばあさま」と呼ばれる女性が死んだ際の資産を期待していた。ところが「おばあさま」は賭博場のルーレットで財産を蕩尽してしまい、やがて主人公もルーレット三昧の生活に。

《金原さんおすすめポイント》
ドストエフスキーというと『カラマーゾフの兄弟』や『罪と罰』という長くて重い作品のイメージがありますが、これは半自伝的小説ともいえるもので、とにかく話が面白い。
家庭教師を務める家の娘との恋愛は発展しながらも、主人公はどんどんルーレットにはまって身を持ち崩していきます。ドストエフスキー自身、ギャンブルにはまった過去があることが知られているんです。
ギャンブルのワクワクする気持ち、負けて落ち込む気持ち、その後にじわっと希望めいたものが生じるあたり、リアルな描写が秀逸です。

ロリコンの語源であり、少女風俗本の一面も。

『ロリータ』ウラジーミル・ナボコフ 890円(新潮文庫)

中年の大学教授ハンバートは、忘れられない恋人の面影を宿した12歳の少女ロリータに一目惚れし、下心からその母親である未亡人と結婚する。母親が事故で死ぬと、ハンバートはロリータを連れてアメリカ中を放浪するが、ロリータは彼の前から消えてしまう。

《金原さんおすすめポイント》
ロリータ・コンプレックスの語源となった作品です。ハンバートはロリータを自分のものにしようとして結局逃げられてしまい、失踪を手伝った男を殺して刑務所に入ることになります。この作品はハンバートが獄中で書き残した手記という形式をとっています。
少女文化に詳しいコラムニストの山崎まどかさんは、エッセイでこのロリータを、当時の少女たちの風俗やコケットリーの象徴として分析。
『ロリータ』もまた発禁本ですが、ロードムービーや少女風俗など、いろいろな見方ができる作品です。

毒々しくてグロテスク、“危険本”の代表格。

『マダム・エドワルダ/目玉の話』バタイユ 620円(光文社古典新訳文庫)

遠縁関係にある16歳の「わたし」と同じ歳のシモーヌが出会い、ひたすらセックスを繰り広げる。人間の考えつくエロティックな性交のほとんどがこの本には登場する。その性交のシンボルは丸いもの。目玉、卵、睾丸などなど。全世界で読み継がれている異色の傑作。

《金原さんおすすめポイント》
セックスの話といっても、普通の人はこの本を読んでまず興奮しないでしょう。というのも、人間の想像力が描くことのできるぎりぎりの「性」がここにはあるからです。
死と暴力と狂気が凝縮された性交は悪趣味で陰惨でグロテスクにしか見えなくて、とことん恐ろしい。変態小説であるのに強烈な「何か」があって、それは読む者を揺さぶる「何か」。結局、繰り返し読みたくなる、不思議な本です。
毒々しくて危ない、という意味ではまさに「親は子に隠れて、子は親に隠れて読む」作品でしょう。

金原瑞人(かねはら・みずひと)●法政大学社会学部教授、翻訳家。訳書は500冊以上。児童文学研究家の一面も持つ。YA(ヤングアダルト)文学に造詣が深く、多くのメディアに書評を寄稿。

『クロワッサン』979号より

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