くらし

俗極まって聖となる 京マチ子の魅力が詰まった現代劇。│山内マリコ「銀幕女優レトロスペクティブ」

『夜の素顔』。1958年公開の大映作品。DVDあり(販売元・角川書店)

幽玄な世界が似合う妖しげな美貌で、『雨月物語』や『地獄門』など、歴史物の名作に数多く出演した京マチ子。肝の座ったちょっと裏のある、艶やかな女を演じると絶品です。女性映画の名手、吉村公三郎監督の『夜の素顔』は、そんな京マチ子の魅力がすべて詰め込まれた一作。

戦時中、踊り子として戦地へ慰問していたヒロインが、戦後に日本舞踊の家元の弟子となり、舞踊界でのしあがっていくさまが描かれます。前半は、虎視眈々とお師匠さんに尽くしたあげく、鮮やかに裏切る悪女ぶりが最高! したたかで怖い女も、京マチ子が演じるとどこかユーモラスです。後半は一転、追われる立場となり、今度は自分がキリキリする側に。自らが家元となり、かつて戦地で出会った男(根上淳)と結婚してすべてを手に入れるも、男は弟子(若尾文子)と不倫。自分が人にしたことは、いつか自分に返ってくる……そんな因果応報な女の一代記が、ケレン味たっぷりに描かれます。

本作が公開されたのは1958年(昭和33年)。この頃の映画では、たびたび日舞がモチーフになっていますが、芸を磨けば上へあがれる踊りの世界は、女性に拓かれた数少ないフェアな道だったということなのかも。戦後いくら自由になったとはいえ、女性が活躍できる職種は限られていたわけで、京マチ子のような見るからに才覚あふれる女性が輝くには、芸の世界はもってこい。実力主義の女の園でありながら、「パトロンなしでは成立しない」と割り切ってもいて、窮地に陥るや体でなんとかしようとするヒロインの常套手段が、いま観ると笑えます。けれど現代でも、セクハラ常習犯の権力者たちの常識は、なるほどこのレベルにあるのかと気づかされたり。

華やかであっても欲にまみれた世界で、京マチ子はどんな汚い手を使おうと、不思議と穢れた感じがしません。誰になんと言われてもわが道を行く。悪女もここまでくると、いっそ神々しい存在へと昇華するのです。

山内マリコ(やまうち・まりこ)●作家。映画化した『ここは退屈迎えに来て』が今秋公開。新刊は『選んだ孤独はよい孤独』。

『クロワッサン』975号より

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