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岩下志麻の才気溢れる演技に平伏す、これぞ日本の文芸大作!│川端康成原作『古都』│山内マリコ「銀幕女優レトロスペクティブ」

『古都』1963年公開の松竹作品。DVDあり(販売元・松竹)。

岩下志麻は、どんな映画の世界観にもぴたりとフィットしてしまう変幻自在な女優。デビュー2年目にして『秋刀魚の味』で小津映画、最後のヒロインを可憐に演じ、篠田正浩監督と結婚後は『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)』などアート系作品でコンビを組みます。さらに40代にして大ヒットシリーズ『極道の妻たち』の主役を務めるなど、年代によって役柄のテイストをガラリと変えながら、日本映画界の盛衰を超越してみせた稀有なスター。『鬼畜』や『はなれ瞽女(ごぜ)おりん』など代表作は枚挙にいとまがないほどで、1963年(昭和38年)に公開された『古都』は、アメリカのアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされました。

京都の呉服問屋に、一人娘として何不自由なく育った千重子。実は自分が捨て子だった秘密を抱えています。祇園祭の晩、自分にそっくりの娘、苗子と出会い、双子の姉妹だったことを知ります。ふたりは密かに交流をはじめるけれど……。

川端康成の原作小説を名匠中村登が忠実に映画化した、これぞ文芸大作と唸る上質な作品。文芸モノはとかく冗長になりがちですが、隅々まで目の行き届いたきめ細やかな演出でまったく飽きさせません。昭和30年代の京都の町並み、平安神宮や清水寺といった名所に加え、時代祭などの風物詩が丁寧なロケ撮影で捉えられていて、それだけでも観る価値は大いにアリ。

しかしなによりの見せ場は、町育ちの千重子と北山杉の村で育った苗子、はなればなれになった双子が同じ画面に写るシーンです。デジタル合成などない時代、多重露光の撮影で一人二役を演じるのは至難の業ですが、顔つきひとつで実にさらりと、完璧に演じ分ける岩下志麻の才能には感嘆するばかり。しかもこのとき、弱冠22歳! このあとも彼女の演技力は進化しつづけますが、日本映画が真に豊潤だった時代にしか撮れない『古都』の完成度の高さに、「やっぱりこの時代の映画はいいなぁ」と、胸をつかまれるのです。

山内マリコ(やまうち・まりこ)●作家。映画化した『ここは退屈迎えに来て』が今秋公開。新刊は『選んだ孤独はよい孤独』。

『クロワッサン』979号より

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