くらし

『木挽町のあだ討ち』著者、永井紗耶子さんインタビュー。「脇役がいない物語にしたかったんです」

  • 撮影・柳原久子 文・中條裕子

「脇役がいない物語にしたかったんです」

永井紗耶子(ながい・さやこ)さん●1977年、神奈川県出身。2010年『絡繰り心中』でデビュー。 ’20年刊行の『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』が新田次郎文学賞など文学賞三冠を受賞。’22年には『女人入眼』が第167回の直木賞候補作に。

江戸は木挽町、芝居小屋の裏手の路地で、雪の降る夜に決行されたあだ討ち。
衆人が見守る中、見目麗しい若侍が名乗りをあげ親の仇である博徒と斬り合い、見事首級を挙げたーー2年後に物語は新たな幕を開ける。

あだ討ちの主人公である若侍、菊之助の縁者が芝居関係者を訪れ、当夜見たものを語ってほしいと頼んで歩く。

口火を切って語るのは、一八。小屋の入り口で芝居の見所をおもしろおかしく聞かせる客寄せの芸人だ。流暢にことの次第を語り終えると、相手は一八の生い立ちについて尋ねてくる。

訝しがりつつ、吉原で生まれ育ち、いかに芝居小屋に行き着いたかを聞かせるのだが……。

「裏側の人たちの走り回るさまというか、表に出てくるものをどれだけの人たちが支え作っているのかを描いてみたかった」という永井紗耶子さん。言葉のとおり、あだ討ちを証言するのは、芝居小屋で舞台を支える面々。

一八はじめ、剣術指南役、衣装係に小道具係、戯作者といった5人がことの顛末を、そして己の来し方を語り出す。みな職種も出自も異なりながら、何かしらを抱えて悩み、最後に芝居小屋に行き着いた者たちだ。

実は書き始め、それぞれがどんな人生を歩むのかはぼんやりとしか決めていなかったという。

「年齢と見た目の映像くらいが頭にあり、あとはその人の前にレコーダーを置いて『はい、あなたの人生を話してください、どうぞ!』という感じで書いていったんです。なので途中『えっ、そんな人生だったの!?』ということも」

思いがけない展開に、慌てて新たに資料をかき集めることもあったという。が、各人が内に抱えてきたものを語るうち、読み手はその人生に引き込まれ、いつしか旧知のように感じてくるから不思議だ。

持ってないからこその強さが人間にはあるのかもしれない。

たとえば、脇で女形を演じつつ裏方として舞台の衣装も繕う、ほたる。幼い頃に浅間山噴火で故郷を捨てざるを得なかった厳しい境遇から辛くも生きながらえ、今や小屋で生きるひとりだ。

「人間、持ってないからこその強さってあるのかな、と。持ってると守ろうとして肩肘張るし、上がってくるなよって人を踏みつけもする。持ってないと『別になんでもない、みんな一緒でしょ、焼けば骨になるんだから』って言っちゃうほたるさんの底知れない強さみたいなのがあるんだろうな、と。ああいう人が傍にいたら、人生見方が変わるかもしれない」

そう永井さんは笑う。そんなほたるもいる一方、武家に育ちながら立場にがんじがらめになって苦しむ者もいる。

一見華やかに見える江戸の芝居町。そこに生きる者たち自らが主人公となる物語の幕が一つずつ閉じていくうち、あの菊之助はどうなった? この聞き手は一体何者? と湧きあがる疑問も全て包み込んでの最終幕。

共に泣き、笑い、見事に幕は閉じ、ああ、よいものを味わった、という心持ちだけがじんわり残る。

疑う隙などない立派なあだ討ち、そんな語り草ともなった大事件の真相とは? 江戸の芝居町を舞台にした時代小説。 新潮社 1,870円

『クロワッサン』1092号より

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