くらし

家族の形に寄り添い緩やかに変わっていく、渡辺有子さんの暮らし。

  • 撮影・馬場わかな 文・鈴木奈代
ダイニングテーブルは、木工作家・吉川和人にオーダ ー。息子用のトリップトラップチェアのみグレーに。左の壁の絵は舟越桂・作。 お茶を入れたカップとそれを入れた水盤は岩田哲宏によるもの。

整然として、すみずみまで掃除が行き届き、澱みがない。渡辺有子さんの家はまさに本人そのもの。空気までが凛として、澄みわたるようなすがすがしさだ。

「撮影のために、片づけましたから(笑)。夫と『やっぱりスッキリ片づいていると気持ちがいいね』『いつもこのくらいでいたいよね』と話していたところです。子どもがいると一瞬で散らかってしまいますけどね」

家族が増え、変化は多々。家を所有する決断も。

撮影後に出された手作りデザートは優しい甘さでしみじみ美味しい。りんごのコンポートと苺と金柑のマリネに、生クリームとサワークリームを合わせたクリーム添え。

渡辺さんが夫と3歳になる息子と3人で暮らすのは、1983年に建てられた都心のヴィンテージマンション。2年前に購入し、引っ越してきた。それまでは、ずっと賃貸住宅に暮らしてきた。

「夫婦2人なら賃貸でいいと思っていました。家を持つという考えに変わったのは、息子の存在が大きいですね。
前の家が3人で暮らすのには手狭だったという理由もありますが、一番の理由は息子のため。万が一、この先何かあっても住むところがあればまずは安心。家があるって大事だねと夫と話し合って。タイミングよくこの家を紹介され、購入を決めました。
同じシリーズのヴィンテージマンションに住んでいたことがあり、和洋折衷な感じの内装が気に入っていて。どこに行くのにもとても便利だし、そのわりに静かで、近くには大きな公園もある。環境の良さも決め手となりました」

息子と頻繁に通う近所の公園は、今では渡辺さんも大好きな場所となった。

「つい最近、リビングに息子のためのスペースを作りました。夫と私はほぼ見ないのですが、いずれ息子が見るのでは? と、大きなTVも設置しましたし。本当はベージュにしたかったソファも、とりあえず今は汚れが目立たないグレー系を選んだり」

息子の存在により、この3年ほどで暮らしは大きく変わってきている。

もちろん内面の変化も多々。

「あまり怒らなくなりましたね。少しは忍耐力がついたのかな。子どもがいると自分の思いどおりになることがひとつもありませんから。思うようにならなくてもやり過ごすことができるようになりました。
年齢を重ねているせいなのか、“魔の2歳”といわれる息子のイヤイヤ期も気づいたら終わっていた感じ。覚悟はしていましたが想定内で、『あれ、こんなもの?』と(笑)」

とはいえ、夫婦間の役割として、息子を叱るのは渡辺さんの役目。
「ときにはキーッとなってしまって、息子に『ママ、優しくね』とか『ママ、笑って』と言われることも(笑)」

怒るのではなく、嫌なことは「やめてね」ときちんと伝えるようにしている。

「子どもは楽しく遊ぶことが大切。大人の常識にはめ込んではいけないと自分に言い聞かせながら、とにかく今は息子最優先で、時間を使いましょうと」

もともと人のために動くのは嫌いではないという渡辺さん。暮らしが息子を中心に変わったことを、おおらかに、そして朗らかに楽しんでいるよう。

一方で変わらないこと、変えずに大切にしていることもある。

「家を整えること。散らかっても一旦もとに戻し、なるべく整った状態でいたい、という気持ちは変わらないですね。
夫も息子もいない時に、窓を全開にして空気を入れ替え、業務用の掃除機をかけて掃除と片づけをしています。今はそれが私にとっての大切な時間。
もちろんお茶を飲みに行ったりするのも幸せな時間ですよ。でも窓を開け放ってすみずみまで掃除すると心から『スッキリした』と思える。私にとってはとても重要なことなんです」

片づけても一瞬で散らかり、『イタチごっこってこういうことか』と、もう諦めようかと思ったこともある。

「でも例えほんの一瞬でも家が整うと、きれいな家っていい! とリフレッシュできます。これでも私の許容ラインは、すごく甘くなりました。
自分のルールを家族に押し付け過ぎてもと思いますし、自分のキャパシティを大きくせざるを得ない。人が片づけるのを待ってイライラしても仕方ないので、得意なことは得意な人がやりましょうと思って。
自分の心の健康を保つためにも、うまく折り合いをつけながらやっています。最近老眼が進んで、細かい汚れが見えにくくなってきたから、ちょうどよいのかも(笑)」

一人暮らしの頃から、渡辺さんの家はいつもすみずみまでピカピカに磨き上げられていた。大切にしてきた「家を整える」ということを、自分の許容範囲を広げ、家族と寄り添いながら、変わることなくしっかりと守り続けているのだ。

子育てで新たな自分を発見。 変化も受け入れ、楽しむ。

「子育てという新たな経験をして、こんな人生もあったのかと。暮らしが劇的に変わり、新しい扉が開いて、違う次元の自分を知ることができた気がします。いくつになっても新しい経験をするのはいいことですね。知らない自分と会えるんですから」

長く健康でいるためにも、今年は健康を軸に、自分の身体をケアする時間も作っていきたいという渡辺さん。

さらに今、人生で初めて、犬を飼ってみようかと家族で検討中だそう。

「息子や夫、そして私自身にとっての癒やしにも拠りどころにもなるのでは、と思って。そしてますますいろいろなことが、まぁいいかと思え、私自身のキャパシティが広がるかしらとも(笑)。結局世話をするのは私なのでしょうけれど、それも楽しみなんです」

変化を受け入れてみると、新しい景色が見え、知らなかった自分に出会える。自分らしさを失うことなく、変わっていくことを楽しみ続ける、渡辺さんのしなやかな姿が印象的だ。

\古きよきものを残してそれに合わせた家具を。\

築40年弱のヴィンテージマンションの障子や六角形のダウンライトなど、このマンションの個性となるディテールは当時のまま残している。一方で家具のほとんどは新しく買い替えた。以前から所有する古い食器棚に合わせて黒いダイニングテーブルをオーダー。さらにテーブルに合わせて椅子を選んだ。床のカーペットと壁紙は温かみのあるベージュに張り替えている。家具はマットな黒で統一して、すっきりと見えるように。

上・ダイニングテーブルに合わせて選んだ椅子は、 大城健作がデザインするエ インテリアズの「S W E E P Y」。下・『douguya』の食器棚は日本の古家具。中にはガラスのグラス類と岩田哲宏の器をはじめとする真っ白な食器類が美しく並んでいる。

\息子のためのものもじっくり丁寧に選ぶ。\

リビングのソファの奥、窓辺の日当たりのいい一角を息子のためのスペースに。「まだ幼く、好みもはっきりしていないので、フレキシブルに変えられるよう、まずはおもちゃを入れる棚と机と椅子を。ラグを敷くのもいいかなと思っています」。仕事柄、複数個まとめて購入していた食器類も、息子のために1つずつ揃えるように。あまり手を出さなかった絵付きの食器も、息子用にいいなと思う変化も。

右上・成長とともに替えていくであろう息子用の机と椅子はイケアで。「色を入れても?と思いましたが白に」。壁の絵は舟越桂。左上・息子のための器。絵皿は須藤拓也、カップと手前の皿は岩田哲宏、木のボウルは三谷龍二、重ねた白い皿は伊藤環による家族の器「1+0」。

\日々使うキッチンは清潔&機能的が第一。\

ほぼ入居時のままの、使い勝手の良さそうなコの字型のキッチン。歴代の渡辺さんのキッチンと同じく、ピカピカに磨き上げられてとても清潔だ。息子と一緒に料理をすることも多いという。リビングダイニングと壁で仕切られて独立したスペースだが、窓があって明るく気持ちがいい。「将来は壁を取り払ってリビングダイニングと繋げ、家族の様子を見ながら料理ができるようなオープンキッチンにするのもいいかなと思っています」

 

右上・日々使うツール類はガラスのスタンドに木、金属と素材別に収納。収納扉や取っ手に歴史と趣きを感じる。下・気に入っているレトロな木製扉や真鍮の取っ手などはそのまま、カウンタートップのみを白に替えた。2層だったシンクは、使いやすいよう大きな1層に変更。

\好きなものを飾り眺める心の豊かさは大切に。\

 ローボードの上には、作家の作品を並べて飾っている。「『これはママの大切なものだからね』と息子に何度も言い聞かせて。そうすると『そうね、大切にね』と言いながら、木の器の上に車を走らせてみたり、花器の口を付け替えてみたり(笑)。 

ローボードは木工作家の内田悠にオーダー。スタンドランプはフランク・ロイド・ライトのデザイン。壁には夫・五十嵐隆裕の写真作品が。

ハラハラですが、彼なりに大切にしなきゃとはわかってくれているようです」。美しいものに囲まれて暮らすことの豊かさも、ものを大切に慈しむ姿勢も、きっとこうやって伝わっていくはず。

 

右・手前は内田悠、中央と奥は須田二郎の木製の器。木肌を生かした美しい器は、料理に使うのはもちろん、飾っておくだけでも絵になる。左・しのぎが施されたプリーツワークと呼ばれる大小、形もさまざまな美しい花器。茨城県の笠間で作陶する額賀章夫によるもの。

\玄関はいつも美しく掃除も念入りに。\

和室のような落ち着きのある、広々とした玄関。「玄関だけはきれいにしていたいと、あえて無駄に広く取りました。入り口が整っていないと〝いい気〟も入ってこない気がして」。収納は天井まで作らずあえて腰高までに抑え、壁に絵を掛け、余白を残した。家の顔となる、まるで床の間のような静謐な佇まい。「掃除は大変ですが、床のタイルを1枚ずつ拭いていくのがコツ。達成感があり、気づくと終わっています」

玄関に飾ったのは渡辺さんが父から譲り受けた熊谷守一の絵。下の収納の扉はあえて襖にした。靴の収納場所は廊下に確保しスッキリとした空間に。
渡辺有子

渡辺有子 さん (わたなべ・ゆうこ)

料理家

「FOOD FOR THOUGHT」ディレクター。素材を生かしたシンプルな料理には定評が。自身が台所や食卓で使いたいものを扱う店も大人気。

『クロワッサン』1065号より

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