ホルモン補充療法を試したいけれど乳がんが心配です。【86歳の現役婦人科医師 Dr.野末の女性ホルモン講座】

母が60代後半で乳がんにかかりました。手術は成功して、今80代で元気に過ごしています。私は49歳なのですが、最近、月経があったりなかったり。減ったかと思ったら大量に出血したり。以前はなかった肩こりやめまいも。できれば更年期治療を始めたいのですが、母のこともあって私も乳がんになったらと不安があるのです。かといって、このままでいいかというと、つらくて仕事にも支障があります。（O・Kさん　49歳　会社経営）

お母様に乳がんの既往があって、もしかしたら自分も体質を受け継いでいるのではないか。ホルモン補充療法（HRT）を試してみたいが、乳がんのリスクはあるのか。2点のご質問ですね。

まず一つめ、「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」は一時期話題になりましたね。たしかに遺伝的要素は否定できませんが、だからといって、すべての人が発症するわけではありません。何をしたらがんになる、これをすればならない、ということはないと言っていいでしょう。リスクを小さくする手段としては、唯一、定期検診だけなのです。O・Kさんも、年に1度は乳がん検診を受けてください。乳がんだけではなく、私の患者さんには、全身のがんのチェックをしてもらっているのですよ。

もう一つの質問は、更年期医療、中でもHRTの乳がんのリスクについてでしたね。

まず、O・KさんがHRTを受けられるかどうかですが、親の乳がんの既往は禁忌ではありませんので、治療は可能です。乳がんには、遺伝子の特徴でホルモン由来のもの、影響を受けないものなどの5つに分類されます。お母様がどのタイプだったかはわかりませんが、もともと持っている女性ホルモンそのものがリスクファクターの一つであることは確かです。問題は、そのリスクがどの程度か、なのです（下図参照）。

●乳腺疾患（異型過形成）の経緯がある
3.67倍

●初産経験が35歳以上（初産年齢25歳未満の女性と比較した場合）
2.26倍

●乳がんになった家族（親、姉妹、子）がいる
2.10倍

●出産経験なし（初産年齢25歳未満の女性と比較した場合）
1.56倍

●閉経後にエストロゲンと黄体ホルモンを併用したHRTを行った　
1.2〜1.4倍

●閉経後女性の肥満（BMI値が2ポイント増えた場合）
1.03倍

●3回以上出産している（未産婦と比較した場合）
0.68倍

女性である以上リスクはあるので、「定期的ながん検診をしてほしい」と野末さん。資料：科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン2.疫学・診断編2011年版より抜粋して作成（疾患啓発サイト「エンジョイエイジング」より）

不確かなウェブサイトや一部の医師から、「（HRTをすると）乳がんになる」とまことしやかに発信されることがありますが、これは間違いです。根拠となっているのは、2002年にWHIというアメリカの大規模調査で、1万人に3人乳がんに罹患する人が増えたという調査なのですが、のちに発表された研究では、むしろHRTをしているほうが罹患率が低いという結果が出ています。

HRTを始める前には、乳がんにかかっていないか調べますし、定期的に検診をすることが原則ですので、問題が出ても早期発見・早期治療が可能です。この点は、大きなメリットでしょう。生存率をみても、HRTを受けているほうが健康で長生きであることもわかっています。

また、わずかに乳がんのリスクが上がるのは、HRTの治療を10年以上長期にわたって続けている場合です。5年程度の短期的なHRTでは、心配は無用です。今は、長期のHRTも推奨されてきています。

※症状や治療法には個人差があります。必ず専門医にご相談ください。