口臭外来を訪れるのは実際に口臭がある人ばかりではない。においはほとんどなくても「口臭に悩んでいる」人もまた、少なくないという。心と身体の両面から口臭治療に取り組む、慶應義塾大学病院歯科医師の角田博之さんに聞いた。
「口臭の有無にかかわらず、悩みや訴えのある方が口臭外来を受診します。実際ににおいはないけれど、口臭が気になって仕方ない。人によっては、この歯が悪いから治療してくださいと訴え、でも治療しても治らない。歯を1本抜き2本抜き、結局全部抜いても治らない。なぜなら、実際ににおいがあるわけではないからです」
こうした心理的症状を持つ人は、心理的口臭症と診断される。
「こういう患者さんは周囲の人が窓を開けると、自分のにおいがイヤでそうしたんだと考えます。隣に座っている人が出て行ったのは自分のにおいのせいに違いないと。周りの人のささいな行動や仕草を自分のにおいに結びつけて考えるんです。他人の仕草でにおいを確信するので、いくら歯を治療しても治らないわけです」
こうした患者が少なからずいるとわかったのが、およそ30年前のこと。
「精神科の領域ではこのような精神症状を持つ患者がいることは昔から知られていました。口の中だけではなく、腋の下や性器などの体臭を執拗に気にする症状のことです。しかしながら、歯科ではそういう患者さんがいること自体、あまり知られていませんでした。だから口臭の訴えに基づき治療していたんですが、それでは不充分である。そう言われ始めました」
心理的口臭症の治療に近道はない。まずは口臭外来などで繰り返し口臭測定をしてもらうこと。場合によっては、精神科を紹介されることもある。
「病状に明確な線を引くことは難しいですが、口臭について自信を持ってもらい、自分を取り戻してもらうことが私たちの仕事です」