能面師・宇髙景子さんの着物の時間──「着物も『面』も私なりの表現方法で取り組んでいきたいと思います」
撮影・青木和義 ヘア&メイク・杉村理恵子 着付け・田島貴代子 文・大澤はつ江 撮影協力・SHUTL
涼しげにブルーで統一しました。ブルーを髪にも入れているんです
室町時代に観阿弥、世阿弥親子によって完成したといわれる『能』。面をつけ、美しい能装束をまとい舞う姿は、見るものを幽玄の世界に誘う。人間の哀しみや怒り、懐旧の情や思慕の想いなどを演ずる能にとって、重要な一端を担うのが『面』ともいえる。
「面は見る角度によって表情が変化します。うつむきであれば悲しそうに、上向きであれば少し晴れやかな顔に見える。そこが面=能の魅力でもあり、不思議なところです」
と能面師の宇髙景子さん。父親は金剛流の能楽師で能面師としても活躍した宇髙通成(故)。宇髙さんが父親の手ほどきを受け、初めて面を彫ったのは10歳。3歳から子方(子役)として能舞台にも立った。
「どんな面を彫ったか記憶にはないんです。舞台に関しては、着付けてもらった装束の匂いを鮮明に覚えています」
能装束には金糸や銀糸をはじめ、多くの色糸を織り込んだ唐織りなどが用いられる。そしてその装束は代々伝わるものだ。
「洗濯などしませんから、40〜50年以上はゆうに超えている。えっ、なにこの匂い? 昔の匂いがする、が最初に思ったこと。でも、不思議なことに安心感に包まれ、守られているように感じました。子方後は中学まで仕舞(面と装束はつけずに能を舞う)を習っていました。稽古は浴衣でしたから、いわゆる着物を着る機会はあまりありませんでしたね」
大学時代は油絵を学んでいたが、卒業後は父親のもとで能面制作をするようになる。
「作業しやすいウエアがほとんど。作務衣はよく着ますね。着物と縁ができたのは、2007年にパリ、ベルリン、ドレスデンで行われた文化交流会で能面展示の監修をしたときから。レセプションに出席することになり、母から借りた訪問着を着ました。着付けはスタッフの手を借りて……。その時から着物もいいなぁと思うように」
着物は気負わずにさらりと着こなしたい、という宇髙さんが今回選んだのは、アイボリー地に紺の無地や網目風模様などを配した綸子の単衣。合わせた絽の名古屋帯も同系色の紺。帯揚げと帯締めを水色にして涼しげな雰囲気を演出した。
「父のお弟子さんから譲られた着物です。最近は5月でも暑いので昔のように袷ではなく、単衣でもいいかと思いまして。少しでも涼しげな装いにしたかったので、ブルーをテーマにまとめてみました」
今までは着物を着る機会が少なかったが、今後は増やしていきたい、と宇髙さん。
「なんといっても着物の特別感は格別だと思います。着たときの高揚感や非日常感が味わえる。豪華なものもありますが、私はどちらかといえば何げないなかに自分らしさが表現できるものが好きですね。洋服では表現できないような柄と柄の組み合わせ、柄と微妙な色の織りなす美しさを体現できたらいいなと。実は祖父が絵が得意で、着物や帯に花や蝶を描いたものが家に残っているんです。それらをぜひ着たい」
下の蝶の帯もそのひとつだ。
「祖父の絵はどれも勢いがあり、身に着けるとエネルギーがもらえる。唯一無二の着物や帯なので私なりの着こなし方で楽しみたいと思っています」
『クロワッサン』1142号より
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