考察『豊臣兄弟!』22話 記憶喪失!? 心の傷にあえぐ秀吉(池松壮亮)に、小一郎(仲野太賀)が訴えかける原点。
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
突飛な創作が描くもの
「記憶喪失、そんなのあり?」となった22話。
だが、
「いや、ちょっと待てよ?」とも考えた回だ。
羽柴藤吉郎秀吉(池松壮亮)を突如襲った記憶喪失は、一見突飛な創作に見えるが、戦乱が人の心に残す傷を描いたものだった。
上月城の惨劇を聞き、駆けつけた小一郎長秀(仲野太賀)に「これがわしの真の姿じゃ」と猿の面をつけておどける秀吉。この面は、東京国立博物館所蔵の能面・猿飛出(さるとびで)にそっくりだ。猿飛出の面の多くは牙がないのだが、東京国立博物館のそれには牙がある。
この面が22話を通しての鍵であったのかと思うが、それについては後述する。
まず秀吉が記憶を失くし、取り戻すまでを追ってみよう。
“磔”の真相とは
上月城合戦後に羽柴軍が城内の女子供を磔にして毛利方との国境で晒したことは、天正5年(1577年)12月、羽柴藤吉郎秀吉自身が家臣の下村玄蕃允(げんばのじょう)に宛てた書状に書かれている。
ドラマでは竹中半兵衛(菅田将暉)の策により遺体を見せしめにしたのは間違いないが、殺したのは羽柴軍ではないとした。
上月城に籠城していた赤松政範の軍勢と城内の女子供は、包囲した羽柴軍の降伏の説得に応じず、すべて自害していた──という設定である。
降伏を促したら集団自害に至ったというのは、やや唐突な印象を抱く。
こうした事態を招くのは包囲による飢餓か、あるいは敵の暴虐への恐怖からではないか。
赤松軍は比叡山の焼討(16話/記事はこちら)で、女子供も撫で斬りにした織田勢の苛烈な戦ぶりをかねて聞き及び、どうせ討たれるのならと自害を決めたのか。
惨状を前に「なんちゅう早まった真似を!」と愕然とする秀吉。
自分たちはここまで恐れられているのだということを思い知らされる。
女子供の無残な姿に、親が子の命を絶ち、子が親を介錯する様を心に描く──。
思えば上月城の悲劇が、この後の秀吉の異変のきっかけであったのかもしれない。
じりじり追い込まれる秀吉
「儂が鬼のふりをして、少しでも早く西国攻めを終わらせられるのならそれで構わぬ」
小一郎にそう告げる秀吉だが、恐怖を利用する作戦に竹中半兵衛と小寺官兵衛(倉悠貴)が対立する。
恐れによって毛利から寝返る国衆が出るなら、戦わずに済むと言う半兵衛。
非道な振る舞いは、播磨国衆の離反を招く恐れがあると主張する官兵衛。
半兵衛は言う。
「厄介なのは明らかな敵ではなく、腹の底が見えぬ国衆でござる」
目の前の官兵衛の腹の底を見透かすように見つめる半兵衛、たじろぐ官兵衛。
そうこうしている内に、天正6年(1578年)2月、東播磨の三木城主・別所長治(下川恭平)が毛利方に寝返った。
史実をめぐってはこれまで別所の離反は、官兵衛が危惧したように、上月城の虐殺が原因の一つと言われてきた。
しかし、21話(記事はこちら)で別所賀相(よしちか/田中美央)が秀吉から領内の城、砦の破棄命令を受ける場面があった。
この命令に別所が反発したためという説もある。
秀吉は急ぎ別所討伐に動こうとするが、今度は毛利・宇喜多勢が上月城を奪還すべく攻め寄せているとの報せが入った。
次から次へと、ひび割れた桶から水が漏れるように問題が噴き出す。
じりじり追い詰められてゆく秀吉。
い、い、いただきます!
22話は秀吉以外に、追い込まれる男がいる。
荒木村重(トータス松本)だ。
織田信長(小栗旬)にはるばる安土(現・滋賀県近江八幡市)まで呼び出されて、毛利への寝返りを詰問される。
信長から刀に刺した饅頭を食わされる、戦国名物パワハラ饅頭。
これまで荒木村重が登場する多くの作品で描かれてきたこの逸話は、江戸時代に書かれた軍記物語『陰徳太平記』(香川景継著/享保2年・1717年)に記されている。
もともとの話は、荒木村重が初めて信長に目通りした場で、何を思ったか信長が突然刀を抜き、盆の上の饅頭を刺し貫いて村重に差し出した。
村重、慌てず騒がずその饅頭をばくりと食って見せたので、信長は日本一の器量と褒めたたえたというもの。
その後は『絵本太閤記』(武内確斎著/寛政9年・1797年)などにも取り入れられるなど、人気の逸話となった。
いつの頃からか、
定番中の定番エピソードだが、今回はなぜか食わされる数が多い。
箱一杯の饅頭を口に詰め込み、さらに刀に刺した分まで口にして服従を試される。
見ているだけで息苦しく、荒木村重が気の毒になってしまう。
だが村重の受難は、これだけではなかった。
村重の屋敷をノーアポで訪れたのは、毛利家外交僧・安国寺恵瓊(あんこくじえけい/立川談春)!
毛利家と内通しているのではと信長に疑われ脅された直後なのだ。
震えあがる村重、
「織田信長という男は、一度疑いをかけた者をやすやすと許すような御方であろうか」
すごんで毛利への内応を促す恵瓊。
いや、めっちゃ許すよ? 思わず声が出た。
信長は浅井長政(中島歩)を許そうとしたし、松永久秀(竹中直人)に平蜘蛛を差し出せば許すと持ち掛けていた。
差し出した手をみんなに振り払われるが、信長は許す男だ。
だが、恵瓊も村重もそれを知らない。
すべてお見通し
上月城救出のための援軍は信長から派遣されず、別所の三木城攻めに集中するよう命じられた羽柴軍。
高倉山陣での、官兵衛と半兵衛の囲碁勝負は、半兵衛の静かな迫力が圧巻だった。
官兵衛の底意を見抜き、
「儂がそなたなら、織田でも毛利でもなく、自らが勝ち進む道を選びまする」
「双方弱らせたところで最後は己がのしあがる。儂がそなたなら、それが一番面白い」
これより22年後の慶長5年(1600年)天下分け目の大戦・関ケ原合戦。
この裏側で、黒田官兵衛(小寺官兵衛)は東西両軍が激突し消耗した後に九州から一気に攻め上がり、天下を取る野望があったのではという通説がある。
それを思わせる、非常に面白い台詞だ。
「時さえあれば。──儂は、そなたが妬ましい」
半兵衛には野望を実現する時間が残されていない。
そのまま倒れる半兵衛。
頼みとする半兵衛が病に伏し、手詰まりとなった秀吉は、上月城を見捨てざるを得なかった。
秀吉の「感謝」の重み
秀吉の記憶喪失のきっかけとなった、尼子勝久(渡邉蒼)と山中幸盛(広瀬友祐)のエピソード。
正直言って、なぜ突然、秀吉がこの二人に思い入れを示したのかピンとこなかった。
短い場面ながら、尼子勝久と山中幸盛の人物造形が、一族の命運を背負い戦い続ける主従として、とても良かった。それだけに、この回だけの登場で、彼らと秀吉の関係性の積み重ねが描かれなかったのが惜しい。
だが、秀吉が尼子勝久らに粥をふるまう場面で、ふと思い出したことがある。
第1話(記事はこちら)の、偉くなってどうしたいのかという問いへの、秀吉の答え。
「母ちゃんや姉ちゃんやあさひに、腹いっぱい飯を食わせてやりたいんじゃ」
「親類縁者にも、村の連中にも食わせてやる」「ありがとう藤吉郎と言われたい」
「儂は皆から好かれたいんじゃ。もう憎まれたり、嫌われたりしたくない」
秀吉にとって、誰かに感謝されるのは特別なことなのではないか。
「我らにこのような機を与えてくださったこと、羽柴殿には感謝してもし尽くせませぬ」
「大願成就した暁には、一生かけてお尽くし申そう」
そう口にする尼子勝久と山中幸盛の存在は、籠城前から秀吉の根源的な願望に深く触れていたのではと想像する。
尼子一門衆が籠城する上月城を泣く泣く見捨てて、書寫山 圓教寺(しょしゃざん えんぎょうじ/現・兵庫県姫路市)に陣を敷いた秀吉は、その夜、尼子主従の幻を見た。
いつの間にか手にしていた猿飛出の面を着け、そのまま秀吉は記憶を失う──。
心の傷の耐え難さ
秀吉の記憶を取り戻そうと、小一郎は長浜(現・滋賀県長浜市)から、母のなか(坂井真紀)を呼び寄せる。
懐かしい味を食べれば思い出すかもという、おふくろの味作戦だ。
それも失敗し、ついに小一郎は禁断の仏頼みに踏み切った。
災いが降りかかってもよい、兄者を元に戻してくだされと一心に祈りを込め、自らの名を柱に彫り込む。
止めに入る秀吉、
「やめんか、小一郎!」
思い出したのかと驚く小一郎に、
「おっかさまの顔を見た時から思い出しておったわ」と言う秀吉。改めて考える。
今この瞬間まで黙っていたということは、なかの言う通り、このまま百姓に戻りたかったのか。
いやそもそも、最初から記憶喪失ではなかったのではないか。
ここでまた、猿飛出を振り返るのだ。
尼子主従の幻を見た夜、秀吉はおそらく心の中で猿飛出の面をつけた。
面とは本来、自分ではない何者かを演じるためのもの。
秀吉は播磨平定のために鬼を演じた。
記憶を失った男をも演じたのではないだろうか。
勿論、真相はわからない。
だが少なくとも、上月城の赤松勢の集団自決、尼子主従を見捨てた罪悪感。
ずっと前から少しずつ積み重なっていたであろう、戦乱による心の傷。
全てに疲弊し、逃れたいという思いが、猿飛出の面の下に隠されていたように見える。
その面を引き剝がしたのは、兄のためなら災いを背負おうという小一郎だ。
「兄者が誘ったから、今の儂はここにおるんじゃ」
「これまでしんどいことも、楽しきことも2人で一緒にやってきたんじゃ」
「イチ抜けたなぞ許さんぞ!」
流行りの言葉で言えば、お前が始めた物語だろというやつだ。
どれだけ苦しくとも「儂が半分引き受けてやるわ」という弟の心意気に、戦国武将の自分に立ち戻る秀吉。
傷が癒えたわけではない。それでも秀吉に戻るのだ、弟のために。
暗き道、遥かに照らせ
これは余談だが、猿飛出の面は主に、能楽『鵺(ぬえ)』の後シテ(能楽後半の主人公)に用いられる。
源三位頼政に退治された化物・鵺の亡霊が旅の僧侶に自分の魂を救ってほしいと乞い、消えてゆくのである。その謡は
「暗きより暗き道にぞ入りにける。遥かに照らせ山の端の…」
平安時代の女流歌人、和泉式部の
「暗きより暗き道にぞ入りぬべき遥かに照らせ山の端の月」
(暗いところから暗い道に迷いこむように悩み苦しんでいます。どうか山の端に上る月のように、遥か遠くまで照らしてください)
この歌と響きあっている。
和泉式部が播磨の聖、性空上人に救いを求めて詠んだとされる和歌である。
ドラマで羽柴兄弟が抱き合って復活を喜んだ書寫山 圓教寺は、この性空上人によって創建された。
ともすれば、暗闇に惑う秀吉の道を、月のように小一郎が照らす。
小一郎がいれば、羽柴藤吉郎秀吉は前に進むことができるのだ。
次回予告。
いかないで、半兵衛。
あなたがいなくなってしまったら、チーム羽柴はどうなってしまうのか。
半兵衛が抱いてる赤ちゃんは小一郎と慶(吉岡里帆)の子!?
おめでとう小一郎、お慶さん! 逝く命あれば生まれ来る命あり。
23話、皆で半兵衛を見送りたい。
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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、菅田将暉、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山口馬木也、宮﨑あおい、小栗 旬 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・織田信長編 合本』中公文庫,1999年
谷口克弘(著)『織田信長合戦全録──桶狭間から本能寺まで』中公新書,2002年.
太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『現代語訳 信長公記』新人物文庫, 2013年.
和田裕弘(著)『織田信長の家臣団──派閥と人間関係』中公新書,2017年.
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025