「清水の舞台から飛び降りてしまいました」
工芸ライターとして活躍する田中敦子さんに、そう決心をさせたのは、生成りの地色に藍色の十字が散った着物。
「40歳を過ぎたころ、越後上布の雪晒(ゆきさら)しを見たい、という願いが叶い、取材で新潟県南魚沼市の現地を訪れました。広々とした雪田で行われる雪晒しは夢のように美しく、忘れられません。そのときに、撮影用に仕立てたものを思い切って購入しました」
細い苧麻(ちょま)糸を地機(じばた)で織り上げた布を雪上に晒すことで、太陽光と雪解け時に発生するオゾンなどが布に作用し、天然の漂白が施される越後上布。
「購入から20年がたち、経年によって地色が黄味を帯びてきました。再度、雪晒しを行えばまた白くなりますが、むしろ、このままのほうが今の私にピッタリな気がして……。持ち主とともに年を重ね、寄り添ってくれるなんて飛び降りがいがありました(笑)」
合わせた帯は韓国苧麻の未晒し生地に、よろけ縞を藍色で型染めした田中昭夫さん(故)の名古屋帯。生成りと藍が互いを引き立て合う絶妙なコーディネートは涼やかな風が吹き抜けるようだ。