生きているのは菌だけではない。タルマーリーでは現在、パンに使う小麦粉の2割を、近隣で栽培されたものを自家製粉して使っている。挽きたての新鮮な小麦粉は香りが高く味もいい。そして酵素があり、それも発酵に関与する。
「市販の小麦粉は製粉後、出荷前に2週間置くんです。活動しなくなるまで待つということ」(格さん)
しかしタルマーリーは、コントロールしにくい野生の菌と活きのいい小麦粉でパンを焼く。
「僕たちがしているのは、工房の中に自然を取り戻すこと。自然は本来揺らぐし、ブレるものです。野生の菌相手のパンづくりもそれと同じ。うちのものづくりは動的なものづくり。一日とて同じではない、その変化と不安定さこそが面白いのです」
一般に流通しているイーストは、発酵の安定性に特化させて純粋培養した菌だ。扱いやすく短時間で発酵し、失敗することはまずない。それは科学技術の勝利、と格さん。
「でもそれだと飽きちゃうんで。僕は楽しく働きたい。そのために、不安定であり、自分しかやっていないドキドキ感があるほうを選ぶ」
それに気候変動や災害の多い時代、買ってきた材料がないとモノがつくれないのは脆すぎる、と格さんは言う。
「誰も行かない道を行けば、いつか前人未到みたいなところに行けるかな」。そう微笑む格さんにとって、発酵の追究は、人生の冒険なのだ。