冬の朝は明けるのが遅い。朝4時、まだ空には満天の星。タルマーリーの工房に灯りがついた。
現在はビールの醸造に専念している格さんに代わり、パン製造チーフは境晋太郎さん。もとは北九州でクライミングのインストラクターをしていた。妻と2人での美味しいパン巡りを趣味にしていたが、格さんの著書に出合い、感銘を受けた。タルマーリーのパンを初めて食べたときの印象を鮮やかに憶えている。
「『な、なんじゃこりゃあー!?』と。それまで食べたパンと全く違っていました」。ここで働くしかない。妻を説得し、移転したての智頭に来た。
今、生地づくりのほとんどを境さんが担当する。生地づくり(ミキシング)は通常のパンなら20分程度。タルマーリーではその数倍の時間をかける。生地によっては1時間半を超え、その間ずっとつきっきりだ。どうしてそんなに手間をかけるの?
「うちでは地元産の小麦を使いますが、海外産に比べてグルテン(小麦タンパク)が少し弱い。ふっくらしたパンにするにはグルテンの粘りを充分に引き出す必要があり、生地の様子を見ながら少しずつ水を加えて練る。毎回、菌や粉の状態でタイミングも量も違う。イーストと輸入の粉ならこの手間は不要だけど、それだと面白くないと思う」。境さんは言う。
「うちのパンは生きもの。獲れたての魚を扱っているのと同じです」