「哀切を伴うノスタルジックな印象で、まさに『孝行したいときには親はなし』っていう話ですよね。悲しみは残るけど救いもあって、読んだ後味は悪くはないです。ただこのお母さん、1957年生まれだから私と1歳しか違わない。ちょっとショックでした(笑)。それはともかく、中国で起きた3000万人が死んだという大飢饉や、それに続く文化大革命についても少し触れられていたり、そういう史実を絡めながらこのような幻想的な話にしているのはすごいですね」
どの話も引き出しが多くて、アイディアが素晴らしいと、感心すること頻りの山口さん。とりわけ好みが合うのは、書きすぎない文章スタイル。
「余白を生かした書き方ですよね。絵でいうと淡彩の水彩画とか、水墨画とか、あのイメージなんです。今、心理描写でも何でも、これでもか!っていうぐらいてんこ盛りに書くのが流行っているけど、ああいうのは嫌いなんです。1行でハッと悟らせるのが好きで、この人の余白を感じさせる書き方がいいなって思いました。短編なのに世界の広がりが大きいですよね。日本の短編ってけっこう日常の中の何かを切り取って書かれることが多いじゃないですか。だけどこの人は舞台に奥行きがあります。SF的な設定をしたり、歴史を絡ませたり」
印象にとても深く残るので、こういう作品を読むと何かが核になって残る。今すぐにではなくても、何年後かに何か花開いたりすることがありそうな気がして、将来の実りも期待大の読書体験になったと山口さん。
「しかも、著者は自分のルーツを反映させて書いている。こういうやり方もあるんだってわかっただけでも大きな収穫でした。SFって未来の話になりがちなのに、きちんと過去を絡ませればファンタジーへと広がるんですね」