目が見えないかわりにいろんなものが見える、繊細な徳市。彼のモボ風の出で立ちが洒落ているせいか、それとも演出の妙か、鄙びた温泉が舞台なのに、モダンで小粋!
公開された1938年(昭和13年)というと太平洋戦争のまさに前夜。戦前ののどかな温泉場は醸す旅情が格別で、現代の温泉宿とは違った開放的な逗留の様子、人々の交流ぶりが、コミカルに描かれます(ロケ地は那須塩原の畑下温泉ではとのネット情報あり)。
ヒロインは昭和の大スター高峰三枝子。筑前琵琶の宗家という、なんだかよくわからないけどすごそうな生まれゆえか、その美貌は高貴な気品に満ち、これぞ高嶺の花たる風格。ミステリアスな顔立ちもさることながら、着物を着た立ち姿が本当に美しい。当時20歳とは思えない落ち着きと色っぽさを、カメラはとてもデリケートな構図で切り取り、伊東深水の美人画と見紛うショットの数々には息を呑みます。
計算され尽くしていながら、とてもさり気ない軽妙な映画。しかし観終わったあと、じーんと深いところまで沁みてくるのです。