くらし

【紫原明子のお悩み相談】冷たい性格を直したい。

『家族無計画』や『りこんのこども』などの著書があるエッセイストの紫原明子さんが読者のお悩みに答える連載。今回は、つい他人を軽蔑してしまう自分の冷たい性格に悩む女性からの相談です。

<お悩み>
紫原さん、こんにちは。 最近、つい、他人を軽蔑してしまう自分が冷たい人間に思えて仕方がありません。

たとえば高校生の時は、誘惑に弱く仕事が長続きしない怠け者の父親を軽蔑し、本人に向かって「こんな親のもとに生まれて来たくなかった」と言い放ったり、わかりやすく無視したりしていました。父親はそのあと病気で亡くなったのですが、今でも時々、なんであんなひどいことを言ってしまったんだろうと胸が痛くなります。


仕事の同僚や彼氏に対しても、考えが浅かったり意志が弱かったりすると、「本当に駄目だな……」と心のどこかで冷たく突き放しているのに気づきます。

今後誰かと結婚しても、相手が仕事をしなかったり、病気になったりといった苦難を、この冷たい性格では乗り越えられず、父親と同じ目にあわせてしまうかもしれない……と思うと、結婚もできないのではと悩んでいます。

ヒモみたいな男性を経済的に援助していたりする女友達を見ると、世間的にはだめな女に見えるかもしれないけれど、心が美しいのは彼女のような人なのかもしれない……とまぶしく思ったりします。 こんな性格は直らないでしょうか……。(相談者:サクサク /32歳/女性。大企業で働いています。独身で彼氏もいません。 )

紫原明子さんの回答

サクサクさん、こんにちは。

不思議です。いただいたお便りを拝見するに、サクサクさんは稀に見る心の美しい方だなと感じました。だって、子どもだった自分の心無い一言で、お父さんを傷つけてしまったと長く心を痛め、同僚や彼氏に冷たい眼差しを向けてしまっただけでそんな自分を律しようと努め、ヒモみたいな男性を援助している女性の心の美しさを見習おうとする方ですよ? 性格を直すって、一体これ以上どこをどう良くされたいのだろうかとじっくり考えてみたんですが、私には全然検討がつきませんでした。

きっとサクサクさんは、根が人一倍優しい方なのでしょう。だから、異常でもなんでもない、人なら誰もが当たり前に持っている自分の負の一面に、強く反応されてしまうのではないしょうか。またもしかすると、あくまでもひとつの可能性として、高校時代のお父さんとの体験が、大きな心の傷になっているのかもしれないということも感じました。

記憶って、古いものほど、前後の脈絡はすっぱりと切り取られ、断片的に残り続けるものですよね。ですから、サクサクさんがお父さんにそんな言葉を投げかけざるを得なかった背景には、お父さんへの直接の怒り以外にも、お母さんへの同情とか、生活への不安とか、お父さんを尊敬したいのにできない悔しさとか、あるいはたまたま学校でむしゃくしゃすることがあったとか、本当はもっと、たくさんの要因があったのではないでしょうか。そして、そういう理由から、日頃はずっと頑張って抑えてきたものが、その日その瞬間、どうしても我慢ができず、溢れ出てしまったのではないでしょうか。

高校生って、一見体は大きくてもまだまだ子どもで、大人に守られなければならない存在です。お父さんの方にだって、決して何ら問題がなかったわけではないのだから、サクサクさんが一方的にお父さんを傷つけたなんて思う必要は全然ないと私は思いますよ。それに、お父さんはもう亡くなられたということですが、もし私がお父さんの立場ならと考えてみると、高校生のサクサクさんに投げかけられた一言で、たしかにショックは受けるだろうけれども、同時にどこか、救われたような気持ちになったかもしれないと思います。というのも、親である自分の弱さを知りながら尚、家族が文句も言わずじっと耐えてくれたり、あるいは義務感から尊敬の眼差しを向け続けてくれたりしたとしたら、そっちの方がいたたまれないですもん。「ほ、ほんとにそう思っているのか!?」と疑心暗鬼になって、家にいられなくなるかもしれません。

私にも子どもがいますし、子どもを持つ人は世の中に沢山いますが、ご存知の通り、親が全員、頼りがいのある強い人間であるということなんてなくて、どうしようもない人、弱い人、情けない人だって親になるんですよね。で、そういう人たちが、自分の弱さを自分自身で十分に自覚しながら、それでも親だから強くありつづける、子どもの見本であり続けるのって、すごくしんどいことです(それでも前提としては、親になった以上、強く、頼れる者であるよう努力し続けなければならないとは思うんですが)。

だから、もしかしたらお父さんは、娘さんであるサクサクさんに、ストレートに怒りをぶつけられ、軽蔑されたり、無視されたりすることで、やっと弱い自分を隠さなくてよくなった、弱い自分をすっかり知ってくれたと、ほんの少しだけ、心が楽になった部分もあるんじゃないかと思うんです。

子どもにシリアスな現実を突きつけて自分だけ楽になるんですから、もし本当にそうだとしたら、ひどいもんだ、と思われるかもしれません。子どもは親の弱いところなんて見たくないですよね。隠しておいてほしいですよね。でもどんな親だって、親であると同時に一個人なので、やっぱり大なり小なり、子どもには決して見せない傲慢さやエゴを、心の中に隠し持っているものではあります。

そしてもっといえば、親に限らず、みんなそうですよね。誰にだって、外に出す感情と出さない感情、表の顔と裏の顔があります。表ではいい顔を見せている同僚や彼氏に、サクサクさんが「本当に駄目だな」とつい冷たく思ってしまうように、彼らもまた同じタイミングで「どうせ本当に駄目だなと思われてるな」と思っていて、でもそれを顔に出さないだけかもしれません。そしてサクサクさんは人一倍優しく、そしてもしかしたら傷つきやすいので、そういう人間の多面性を、あって当然と受け入れることが、少し怖いと感じられているのかもしれません。

そこで一つ提案なんですが、もういっそ今日からサクサクさんは“冷徹キャラ”になっちゃったらどうでしょうかね。日頃から周囲の人には、“私すっごく冷徹な人間なんです”と常々公言しておく。で、同僚や彼氏など、割と気心の知れた人が、サクサクさんの目の前でまごついてるときには「本当に駄目ね」とズバッと口に出しちゃう。それだけだとあんまりなんで、一つ冷徹をやってしまったらその後に必ず「やればできるじゃん」ととりあえず一つ褒めて、帳尻を合わせておきましょう。

もちろん、誰彼見境なくやると友達を失うので、相手との距離を見ながら慎重に進めなければなりません。それでも、何かでまごついたり、駄目なところを見せた人が“どうせ駄目なやつって思われてるんだろうな”って疑心暗鬼になってるところで「本当に駄目ね」ってスパーンッと軽やかに言い放ってもらえると、むしろそれで救われることもあるじゃないですか。そういう感じで、この人は悪意なくこういうコミュニケーションを取る人なんだなって、周囲が受け入れてくれるようになると、とてもいいと思うんですよねえ。他者と、今よりさらに太いパイプで心を通わせることができるようになると思うんです。

サクサクさんが気にかけていらっしゃる、他者を冷たく突き放さないために必要なことは、他者を冷たく突き放そうとしてしまうサクサクさん自身が、そのまま他者に受け入れられることによって少しずつ叶っていくのではないかと思います。相手を信頼して、自分の一番醜悪な部分を見せる。そうすると、自分だけで抱え込んでいる間はドロドロとした粘性の高い膿みたいに思っていた感情も、実は案外なんていうこともなく、あっという間に空気に溶けて、ぺらっと消えてしまう程度のものかもしれません。

「なんだ、こんなもんか」を何度も実感する中で、サクサクさんが、今と、そして高校生の頃のご自身とを、少しずつ許し、受け入れられるようになることを、陰ながら心よりお祈りしています。

紫原明子さんへのお悩み相談はこちらから!

イラスト:わかる

紫原明子● 1982年、福岡県生まれ。個人ブログが話題になり、数々のウェブ媒体などに寄稿。2人の子と暮らすシングルマザーでもある。Twitter

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