くらし

【紫原明子のお悩み相談】人を頼ることができません。

『家族無計画』や『りこんのこども』などの著書があるエッセイストの紫原明子さんが読者のお悩みに答える連載。あなたもお悩みを投稿してみませんか?

<お悩み>

40代、バツイチの会社員です。子どもの頃から親も含め他人に自分の要求を伝える方法がわからないでいます。

30すぎになって初めて付き合った男性だった夫にも、うまく要望を伝えられず、いつしか母と息子のようないびつな関係性に陥り、最後は浮気されて離婚しました。 もともと他人同士が暮らすのだから、うるさいことを言わないようにと思い、まるで独身のように自由に暮らす夫を放任していたら、いつしか私は家事や世話をするだけの便利な母親になってしまったようです。誕生日プレゼントなどがもらえたのも最初の2年くらいで、明らかに途中からは女扱いもしてもらえていなかったです。

他人にうまく甘える、こうしてほしいと言えるかわいい女性にずっと憧れていたのですが、いまさら性格も変わらないようで、こうして一人でなんでも解決しながらずっと生きていくのかなと思うと寂しいです。うまく他人を頼る方法についてアドバイスをいただけませんか?

(相談者:つばめ/女性、43歳会社員)

紫原明子さんの回答

つばめさんこんにちは。
お気持ちとても良くわかります。人を頼るって、本当に難しいことですねえ。

以前読んだ本に、“お金を払う”という言葉の語源について説かれていました。それによると“払う”は、“お祓い”の“祓う”から来ているそうなんです。たとえば、なにか贈り物をもらったとき、普通はもらったままだと恩を借りっぱなしになってしまって気持ちが悪いから、お返しの贈り物をしますよね。恩って、“恩を売る”とか、“恩に着せる”という言葉もあるように、一方的にもらいっぱなしだと、誰しもちょっと厄介な気持ちになるものなのです。で、厄介だからこそお金で恩を“祓う”。ものをもらったらお金を払って、恩を帳消しにする。お金って、恩の連鎖を断ち切るための、一種のまじないとして使われてきたそうなんです。

世の中でこれだけお金が重宝されていることを思えば、どうやらとても多くの人が、できれば厄介な恩を借りずに、後腐れなく望みを叶えて生きていきたいと思っているみたいです。人にものを頼む、人に甘えるというのは、恩を借りて、当面、借りっぱなしでいる状態に耐えねばならず、そんなに簡単なことではないんです。

だから、ひとまず安心してください。多くの人にとって、甘える、頼るって、実際とても難しいことだから、できない自分はダメ、なんて思う必要はぜんぜんないのです。大体、一人でなんでも解決できるって素晴らしいことです。せっかくそんな自立した頼もしい女性と結婚できたというのに、自ら堕落していった元旦那さんはまったく大バカですね。別れてよかったですよ。

ただ、ご自身でも気にかけていらっしゃるように、人に頼らず、他人からの厄介な恩と無縁で生きていくと、人はふとしたとき、やっぱりちょっとさみしくなってしまうみたいです。頼ったり、頼られたりして、恩を貸し借りすると、他者と目に見えない鎖でつながることができるから。良いときには絆と呼ばれて、悪いときにはしがらみと呼ばれるような、そういう鎖が、結局のところある程度は必要ということなのかもしれません。

また精神面のみならず、今後少しずつ歳を重ねていく中で、次第に体も衰えて、生活する上で嫌が応でも他者の介助が必要になるときがくるかもしれません。そのときに備えるという意味でも、今より少し人に頼ることのハードルを下げておく、というのは良いのかもしれません。

さて、ではそのために一体どうすればよいかということですが、まずは試しに、ご自分の欲望や感情を感じたまま気軽に口に出す、その訓練をされてみるというのはいかがでしょうか。たとえばこんな感じです。

「この俳優好きだな」
「眠くなってきたな」
「今日は蕎麦を食べたいな」
「この本面白そうだな」
「うまくいって嬉しいな」
「なんだか寂しいな」
「分かってもらえなかったのは悲しいな」
「あのとき悔しかったな」

いきなり人前でやるのが恥ずかしければ、最初は自宅で、ひとりごとで、まったく問題ありません。

自分が何を欲しているのか、どう感じているのかを自分自身で把握して、それをその場で口に出す瞬発力がないことには、どんなにチャンスがおとずれても人に委ねることができません。特に頼り下手な人は、それまでとても厳しく自分を律して生きてきた真面目な人に多いので、欲望を持つこと、感情を表に出すことが恥ずかしいと感じたり、それらを必死で閉じ込めようと、体を強くこわばらせていたりするのです。だから、まずは意識して体の力を抜いて、できればストレッチなんかもして体をほぐして、欲望と感情を口に出すことに抵抗感をなくすまで、コツコツとやってみてください。それが癖になるくらい身につけば、次第に、家族や仲の良い友人の前でも自然と口にだせるようになるかもしれませんし、いずれは特別な人の前でも、気を許したときにポロッと一言、二言、欲望がこぼれるようになるかもしれません。
……で、そうなればしめたものなんです。相手がつばめさんに少しでも好意を持っていれば、具体的に“これをこうしてください”と改まって頼むことがなくても、もしかしたら自分から進んで手を貸してくれるかもしれませんよ。

……いやいや、そんなうまいことがあるわけないって思います? 思いますよね? たしかに、付き合って長いカップルや夫婦の場合、具体的に言わなきゃぜんぜん伝わらなくなってくるんですが、それはすでに絆が強固にあるから、そこに甘えちゃうんですよね。これ以上、恩を貸し借りしなくても良いと慢心してしまう。だけど芽生えかけの愛に限って言えば、具体的に頼まない形で不足を示す、具体的に頼まれないけど不足を満たす、こういうやりとりを、お互い積極的にやりたいはずなんです。何せ、それによって2人の間に恩の貸し借りが生まれるので、貸したり、返したりの繰り返しの中で、これからだんだんと絆を強めていく、その足がかりになるからです。

他者に頼み事をして、自分のために動かそうと思えば、なんだかすごく難しいことに思えてきます。でも、そうではなくて、自分の気持ちを正直に口に出す。ただそれだけだと思えば、ちょっとは気が楽になりませんか?

よかったらぜひひとりごと訓練、やってみてください。感情や欲望を堂々と開示できるひとは、年齢、性別問わず、魅力的です。

イラスト:わかる

紫原明子● 1982年、福岡県生まれ。個人ブログが話題になり、数々のウェブ媒体などに寄稿。2人の子と暮らすシングルマザーでもある。Twitter

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