くらし

【紫原明子のお悩み相談】年下の友人に気を遣われているか心配です。

『家族無計画』や『りこんのこども』などの著書があるエッセイストの紫原明子さんが読者のお悩みに答える連載。あなたもお悩みを投稿してみませんか?

<お悩み>
美容業界で働いているのですが、業界柄、同僚や仕事相手が自分より20歳くらい下、なんてことが多いです。
自分でいうのもなんですが気が若く、話題もTVドラマとかイケメンとかネットでバズっているツイートだったりするので、娘ぐらいの年頃の女の子たちと仲良くしており、よく飲みに行ったりたまに旅行にいったりまでしています。
ただ、時々思うのです。「もしかして気を遣われているのかもしれない…」と。
彼女らは飲みに誘うと「わーいわーい」といつも喜んでついてきてくれますが、そういえば向こうから誘われたことは数えるほどしかありません。意図せず困った先輩になっているのでは、と思うとドキドキします。
くだらない悩みですみませんが、彼女たちとの交流が、気遣いなのか本当の友情なのか、確認する方法はありますでしょうか。紫原さんは20歳ぐらい上のお友達とどう付き合っているかも含めてぜひご意見ください。(相談者:おたま/都内在住、アラフィフ独身)

紫原明子さんの回答

おたまさんこんにちは。

年下の友達がたくさんいらっしゃるんですね。きっとおたまさんは、年下に気を遣わせない、素敵な先輩なのでしょう。でなきゃ、そうそう旅行までは行かないのではないでしょうか。少なくとも、私が面倒な先輩から旅行に誘われたら、親戚を病気にするなどして絶対に回避します。そもそも、自分の態度や存在が相手に迷惑をかけているのではないかと、これほどまでに疑念を抱ける人が、本当に相手に迷惑をかけていることって、実のところほとんどないような気もします。むしろ世の迷惑の大半は、相手の気持ちをつゆほども顧みない人が、相手の気持ちをつゆほども顧みないことによって起こしているように思うのです。

だから、どうか自信を持ってください。そんなに心配しなくたって、おたまさんはきっと慕われていますよ。

……で、その上で、後輩たちがおたまさんを慕う気持ちの正体が果たして気遣いか、はたまた友情かということなのですが、非常に申し訳ないのですがこればかりはもう、どうしたって確認することはできないのだろうと思います。大変残念ですが、疑念はひとまずどこか近くの川にでも、そっと流しておきましょうか。

そもそも、歳が離れていようが近かろうが、同性同士であろうが異性であろうが、家族であろうが友人であろうが、目の前の相手が真に自分をどう思ってるかということについては、どんな手を使い、どんなに言葉を尽くしたって、確認のしようがないものです。“私はあなたが好き”“私はあなたと友達でいたい”。それに対して相手がどう思うか、どう対応するかは、あなたの決して関与できない相手の問題である、と、昔読んだ本で、アドラーとかマドラーとかたしかそんな名前の人が言ってました。

深夜に突然電話をかけて「ねー、私のこと好き? ほんとに好きなら今すぐ来て、じゃないと死ぬ」みたいに、付き合っている恋人に無理難題をふっかけて気持ちを試して、それで恋人が息を切らせて駆けつけたからって安心できるものでもありませんが、友達だって基本はこれと同じだと思うのです。何をどう試したところで、疑念が完全に晴れることなどない。大体、相手の気持ちを疑ったり、試すようなことはあまり堂々とした振る舞いでもないから、できれば避けたいものでもあります。年齢なんて所詮はただの数字……と言ってはみても、かっこいい大人と、かっこ悪い大人がいるとすれば、やっぱりかっこいい大人でいたいじゃないですか。そしてかっこいい大人でいるために、少なくともやり場のない漠然とした不安や自信のなさへの対処は、極力、自分でやりたいじゃないですか。

これは完全に私の予想なのですが、おたまさんは普段きっと、仕事関係のあれこれや年齢差などを一切気にせず、年下のお友達の皆さんと極めてフラットに交流を重ねていらっしゃるのだと思います。「旅行に行こう!(行かないとあとでハブる)」とか、「飲みに行こう!(誘いに乗らずに昇進できると思うなよ)」とか、先輩という立場をちらつかせ強引に誘っていらっしゃるわけでは決してないと思うのです。もしこれが当たっているなら、それでもう十分なのではないかと思います。相手のことがそんなに好きじゃないけれど年上だから義理で誘うとか、先輩の責任として誘うとか、そんな風に、おたまさん自身が気乗りしないことははなからやらない。自分の楽しみのために誘いたい人を誘うし、気乗りしない誘いは断る。誘われたあなただって、そうして構わない、と。そんな風に一貫した姿勢を後輩に示し続けることで、後輩もまた、自分だってそうしていいのだ、先輩はそれをよしとする価値観の人なのだと理解し、結果として、おたまさんをより信頼してくれることにも繋がるのだろうと思うのです。

ご相談の中で、私が普段20歳くらい年の離れた友人とどんな風に付き合っているか、ということをお尋ねいただきました。私にはたしかに20歳近く年上の友人が結構多く、毎月のように会う人もいれば、1年に1度会うか会わないかという関係を、かれこれ10年以上続けているような人もいます。会う頻度はそれぞれ。でも、一緒にいるとき、私の方は失礼ながら年の差を全く感じないほど意気投合する先輩が、決して少なくありません。とはいえどんなに親しくなったからと言って、過剰に強い絆で結ばれた“仲間”になることもほぼありません。相手がどこに行くにも絶対に自分も誘われたいとか、逆に自分がどこに行くにも相手を絶対誘わければいけないとか、そういう考え方は意識的に持たないようにしています。なぜかというと、友達関係の中に登場する“〜しなければならない”という考え方は、ともすれば無用な被害者意識を自分に植え付ける引き金となったり、あるいは大切な友情を面倒なしがらみへと腐らせるきっかけになったりするからです。

そして改めて考えてみれば、私はまさにこういった、決してしがらみ化しない友達関係の維持の仕方を、20歳近く年上の友人たちの姿勢から、教わってきたようにも思うのです。

一人でいたっていいけれど、今この時間をより楽しいものにするために、あの友人がいてくれると尚いいな。そう思って声をかける。すると、友人の方でも同じ気持ちを抱いてくれ、ほかでもない自分の楽しみのために、誘いに応じてくれる。そんな風に、もとは他人同士の別々の楽しみが、奇跡的に一致して、同じ時間を過ごす。そんな嬉しさを味わえてこそ初めて、私達の孤独がすこし、他人によって慰められるのだと思います。と同時にそれは、年齢差があろうとなかろうと関係なく、また会う頻度を増やしたり、関係性の言質を取ったりしてどんなに安心しようと試みても、全く意味をなさない類のものです。

自立した大人にとっての友達というのは欠落を埋めるためにあるのでなく、本来あってもなくても良い、ただのオプションとしての楽しみを付加するもの。もしかしたら、そんな風に思うといいのかもしれません。そしてせっかく、自分より生きている時間の短い人たちと友情を育むのだから、おたまさんはぜひとも遠慮なく、堂々と、これが大人のやり方だ、というような理想の関係性を示してあげてください。

イラスト:わかる

紫原明子● 1982年、福岡県生まれ。個人ブログが話題になり、数々のウェブ媒体などに寄稿。2人の子と暮らすシングルマザーでもある。Twitter

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