安野さんの斬新な発想力と豊かな描写力が融合して、アルファベットを知的遊び心で絵解きしたのが『ABCの本』。国際的に評価された傑作だ。
「『ペンローズの三角形』の名前で知られる、絵には描けても実際に形にすることはできない不可能図形をもとにして、Aの文字を描くことを思いついたんです。AからZまでの26文字をそういうひねった形で描いたら面白いとね。しかしこれは熾烈な挑戦になりました」
この絵本はイギリス、アメリカでも同時発売されることになったため、両国の編集者たちとディスカッションしながら、1語ずつ描く絵を決めていく作業となったのだが。
「Aは最初にAngelの絵を描いたんです。少年の背にとまった白鳥が天使の羽に見えるようになっている絵でした。ところがギリシャ神話の天使とキリスト教の天使は違う。これはキューピッドに近いとか言われて、いきなりつまずいてしまいましてね。いっそ、『Anvilにしたらどうか』と。初めて聞く単語でしたけど、金属加工で使う鉄床(かなとこ)のことなんです」
すべての文字がこの調子で、作業は難航。褒められたのは、Eのイースターエッグぐらいしか記憶にないそう。
「辞書さえあれば描けると思っていましたが、文化的背景が違うと同じ言葉でもイメージがまったく異なるんです。言葉を絵にするのは難しいことを知りました。まさにAで描いた鉄床のように、最初から最後まで叩かれ続けて出来上がった絵本なんですよ(笑)」