くらし

芸術への懐が深いパリでの過ごし方。│束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」

パリに来た。これから3カ月、ここで暮らすことになった。10年以上前、パリに来た時、大嫌いな場所になった。思えば、嫌いになった理由はたった一度のレストラン選択ミス。お金もあまり持っていない中、「温かいものが食べたい」と、妹と暑いパリを歩き回った末、入ったパスタ屋が、瓶入りの水道水に12ユーロの値段をつけ、なけなしのお金を私たちからふんだくったのだ。パスタの味も酷いもんだった。

それから十年、パリに行こうと決めたのは、どんなに嫌いな場所でも抗えないほどの芸術に対する懐の深さを感じたからだ。

私の滞在を受け入れてくれたパリのアーティストインレジデンス(滞在しながら制作ができる施設)は世界中からアーティストを招聘している。世界中の各機関と連携して、滞在費の一部、または全てをフランス側が負担する。何故、国費を使ってそんなことまでしてくれるのか。「戦前、パリはアーティストたちが集まる場所だったけれど、戦争でみんなパリを離れてしまった。またあの頃のパリのように芸術家が集まる場所にしよう」ということらしい。フランス人は、特にパリの人たちは気位が高く、英語で喋りかけようもんなら、あからさまに嫌な顔をしたり、無視したりする。今はそんな人も少なくなったようだけれど、自分たちの税金がフラフラしている美術家に使われるなんて、しかもそれが税金なんて払っていないフランス語も喋れない外国人に、となれば、こちらに向けられる歪んだ顔も仕方がない。実際、こういう芸術系の取り組みに反対運動などがしょっちゅう起こっているらしい。それでも1965年からこの施設が続いていることは事実で、それをギリギリでも受け入れている懐の深さは並みではない。

既に3カ月では見切れないほどの展覧会や舞台が催され、懐の深いところまで行くのは、こちらも相当気合をいれなければならない。パスタ屋で払った12ユーロの件は、今回のこの滞在で忘れられそうだ。

束芋(たばいも)●現代美術家。近況等は https://www.facebook.com/imostudio.imo/

『クロワッサン』981号より

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