くらし

“頑張る”の方向転換。│束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」

ヨーロッパでは引きこもりの子どもがいるという話を聞いたことがない。日本には未成年だけでなく、中年世代にも引きこもりがいるのをフランス人の友人は驚いていた。引きこもるというのが、部屋から一歩も出てこないことだと教えると、「じゃあ食事はどうするの?」と。「親が部屋まで届けるんだよ」と言うと、「信じられない!!部屋から出てくる唯一の可能性を親が取り除いてしまうなんて!」と。そしてその友人は、「彼らはきっと私たちが想像しないようなファンタジーの世界を作っているんじゃない? そうしないと、そんな狭い部屋の中で生きて行くなんてできないはず」と、とてもポジティブに考える。私も、「もしかしたらそうなのか?」とも考えてみたけれど、多くの引きこもりは、ネガティブな想像力を強くしていく一方なのではないかな、と思う。

幼い頃、玄関の鍵をかけて、家族を追い出したことがある。どうしてそんなことをしたのかは覚えていないが、自分で追い出していながら、一人で家で大泣きした。引きこもるきっかけはそんな覚えていないような小さなことからスタートするのだろう。あのとき私が頑なに家族を拒否できる環境が整ってしまったなら、その後数年、部屋から出てこないという選択もあり得たように思う。

そうやって幼少期、思春期、青年期、現在と、自分の表に出ている性格の変遷を思い出してみると、今、楽しい生活を送れているのは、あるときから気持ちを入れ替えて頑張るようになったからではない。振り返るとどの時期も、私は頑張って生きていた。ネガティブな方向でも、構わず必死に走っていた。引きこもりが「楽な世界に安住している」とは思えないし「楽しいファンタジーの世界に生きている」とも思えない。ただ違った方向に必死に頑張り続けているのだと思う。その頑張りに疲れたとき、死を選ぶ人もいるけれど、疲れたときこそ、気楽に正反対の方向に出てきてみるのがいいと思う。

高校まで劣等生だった私が、ただ頑張る方向を変えたことで大学で優等生と言える自分になったとき、こんな楽な生き方があるんだ、と感じたから。

束芋(たばいも)●現代美術家。近況等は https://www.facebook.com/imostudio.imo/

『クロワッサン』984号より

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