くらし

正義を誰かに伝えるときに心がけることとは?│束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」

「正義は人を追い詰める」。これは、私の姉が放った名言。

私は、高校生まで誤った正義感を振り回すタイプの人間だった。勉強にも部活にも一生懸命には取り組めず、有り余ったエネルギーは、嫌いな同級生と嫌いな父への憎悪となっていった。自分なりの正義を盾に、他者を責めることも正当化していたし、何よりも、自分は「最も真っ当な人間」だと疑わなかった。客観的に見ると、クラスの中で目立つタイプでもなく、不良でもなく、卒業したら同級生に思い出されることのないタイプの人間だったと思う。だからこそ、事件を起こした犯人の元同級生が語る人物像がニュースで流れるたびに、私も犯罪者になっていたかもしれないと、怖くなる。

ただ、私はその後、色んな気づきを経て、考え方も変化していった。誤った正義感を持っていたあの頃を思い出すと、明確に間違いに気づく。しかし、その後、正しい正義とは何かをそれなりに理解してから、姉に冒頭の言葉を言われた。姉は涙ながらに「あんたの言ってることは間違ってない!でもそれが私を追い詰めてるの!!」。その時、私は初めて気がついた。正義は道理にあった正しいことかもしれないけれど、その正義の正しさが人を正しい道に誘導するわけではないことを。

私の物言いは姉にとって、逃げ出せないような正しさで周囲を囲い込み、さらに残されたスペースをもできるだけ0に近づけるべく追い込んでいってたのだ。それからの私はできるだけ、正義や間違いないだろうことを誰かに伝えるとき、逃げ道があるかどうかを確認しつつ話すようにしてきた。

その逃げ道は相手のためだけでなく、自分のための道でもある。「絶対間違ってない」と思っていたことが、何かのキッカケで逆転し、正義が不義になることが多々あると知った今は、正しさを語ろうとする自分にも、逃げ道が必要だ。

束芋(たばいも)●現代美術家。近況等は https://www.facebook.com/imostudio.imo/

『クロワッサン』979号より

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