『モナリザの裏側』 著者 一色さゆりさんインタビュー ──「それぞれの登場人物に合う絵を選びました」
撮影・北尾 渉 文・中條裕子
生きていく中で何かを抱えた人たちが、異なる時代や背景を背負って登場する5つの物語。そこにあるのは、時代性と土地、そして絵画との結びつきだ。
心身を損ない家具メーカーを辞職した青年が、ムンクの〈叫び〉を観るため単身オスロへ。第二次世界大戦前のドイツでは、大使館で文化事業を担当する青年が、モダン・アートを退廃芸術として銘打った展覧会でマルクの〈青い馬の塔〉に惹かれる。そして、バブルの時代に語られるのは、世界最高額でゴッホの〈医師ガシェの肖像〉が落札されたオークションの顛末。続くのは昭和初期、祇園祭を控えた京都で2人の少女たちが、マネの〈スミレの花束をつけたベルト・モリゾ〉を通じて歩み寄り、最終話では母とルーブル美術館を訪れた娘が、とある絵画にまつわる父と母の秘密を知る。
一つ一つの物語が絵画や美術館を通じ、ときに緩やかに繋がり、また鮮やかに世界を変えていく。
事実とフィクションとが、絶妙に混じり合う世界
そこに現れる絵画たちは「それぞれの話の中で登場人物に最も合いそうな作品を、という感じで選びました」と、一色さゆりさん。ゴッホやマネ、ムンクといった世界的に名の知れた絵画もあれば、ドイツ表現主義の美術家による最高傑作ながら、現在は所在不明のものも。大戦前の時代にはモダン・アートが「狂気の産物」とされ、聴衆の前で焼かれていたという。
「それが正しいか悪いかという倫理的な判断より、今つけられている価値が高くても、時代によっては違っていたという現象自体が興味深くて。当時のナチス政権下の一部の人たちは、モダン・アートを本当に存在すべきでないと断罪していたと思うので、人間の見方というのはおもしろいな、と」
そうした史実とフィクションが絶妙に混ざり合い、思いも寄らぬ世界へと連れて行かれるような心地が全編を通して味わえる。
「バブル時代のオークションの顛末は、当時〈医師ガシェの肖像〉を落札した人が『ゴッホを棺桶に入れる』と発言して話題になった実話をモデルとして書きました」
ただ、実際あった出来事を描きながら、一色さんは別の側面を掘り起こし、新たな魅力を湛えた一編として描く。そして、それぞれの章への思いをこう語る。
「大変だったのが『青い馬の瞳』、最後まで手の入れ甲斐があって楽しく書けたのが京都を舞台にした『千年のあこがれ』。最終章の『モナリザの裏側』は最初から完成度が高く、オークションを描いた『富士山のハンマープライス』はエンターテインメントとして何回もひっくり返せた。『オスロで光の種をまく』は自分が落ち込んだ時に試したことが活かされたかな、と」
短編集は一編ごとに終わりがあり、途中で途切れてしまうのが難しい、と一色さん。けれども、そうして世界が変わることで、絵画とともに時空を旅する感覚が味わえるのが、この一冊なのだと実感する。
『クロワッサン』1170号より
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