『あれは何だったんだろう』著者 岸本佐知子さんインタビュー ──「脳内を観察して書いた55編の作文です」
撮影・石渡 朋 文・鳥澤 光
岸本佐知子さんにとって最長連載となる「ネにもつタイプ」から、4冊目の単行本『あれは何だったんだろう』が誕生した。
「25年のうちの6年分。脳から滴ってきた汁が、6年でやっと1冊分溜まって本になりました」
イチジクを食べては脳内で熱弁をふるい、バスケットボールの歴史を3秒で捏造。オリンピックを嫌い、街で耳にした数音から苔むすバーの空間とリキュールの芳香まで味わい尽くす。日常に端を発したエッセイのそこここで、虚構が顔をのぞかせ読み手を凝視する。
「読む方が好きに受け取ってくださればいいかなと思ってはいるんですが、私は小説だと思って書いたことは一度もないんです。実はエッセイだともあまり思っていなくて、私が書いているものは“作文”です。大人なのに毎月作文の宿題があって、自分なりの型のようなものもないまま、その月、その月出てきたものを提出している。出不精なので体はほとんど動かさず、脳内を動きまわっては今度こそダメだと思ったり、締め切りに遅れてしまったり。それでも一輪車から降りてしまったらもう一度乗るのはすごく大変だから、慣性の法則で書き続けています」
収められた55編には、キノコやセミや地下などいくどか登場するモチーフがある。生卵にくっついているからざもそのひとつ。〈耳の穴をぬぐわれた同じタオルで髪を拭かれる嫌さ、1カラザ〉。
「最初は〈1カラザ〉だったのに、同じ嫌さを〈0.8カラザ〉と書いたら校閲の担当さんからツッコミが入りました(笑)。私の作文は脳内で起こっていることの観察日誌、ドキュメンタリーなので、脳が勘違いしているならそのまま書き残したい。だから修正せずそのまま収録しました」
奇想のうごめき。思索の運動。きっと誰もが備えているもの
世界の眺め方が変われば目に映る物事も奇妙に素敵に変化する。
「翻訳の仕事では、作中で何かが逆転したり読み手が本の内側に閉じこめられたりするような変な話ばかりを舌なめずりして読んでいるので、その影響もあるかもしれません。妄想と表現されることもありますが、考えって放っておくとだんだん変になっていくんですよ。忙しいと途中でやめてしまうけど、ストッパーゼロでどこまでもいかせてみたらみんな私みたいになるはず。ただし人類の大半がそうなってしまうと困るので、馬鹿な考えは私が引き受けます!」
エッセイストの肩書きは掲げないと断言する岸本さんにとって、エッセイとは何なのだろうか。
「エッセイって素敵なものだと思われがちですが、そこを爆破したいです。私は現実が嫌い。現実の野郎に一泡吹かせたいと思って生きています。書かれたもののどこまでが真実でどこからが嘘かなんて本当のところ誰にもわからないし、文字だからこそ何をやったっていい。主張やメッセージよりも、言葉の音やリズムがおもしろいものが書ければ満足です」
『クロワッサン』1167号より
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