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「カンヌ映画祭で、扇子をぱっと広げたら、世界中の記者から拍手が上がったんです」俳優・筒井真理子さんの着物の時間。

撮影・天日恵美子 ヘア&メイク・高松由佳 着付け・奥泉智恵 文・西端真矢 撮影協力・旧安田楠雄邸庭園

アンティーク着物が好き。この着物にもそんな雰囲気がありますよね。

「カンヌ映画祭で、扇子をぱっと広げたら、世界中の記者から拍手が上がったんです」俳優・筒井真理子さんの着物の時間。

「着物にはいくつもの思い出があるんです」

筒井真理子さんはそんなふうに話し始めた。ほぼ出ずっぱり、と言っていいほどに出演作が続く。軽妙なコメディから人間の闇の部分を体現する複雑な人物まで千変万化に演じ、“カメレオン女優”といわれている。その中で、1年に1、2作は着物で演じる役があるが、実はすこぶる着物好きの一家に育ち、着物に強い思い入れを持っているという。

洋服の髪飾りを着物に合わせることも多い。赤系のラインストーンが印象的なバレッタはチェコ製。
洋服の髪飾りを着物に合わせることも多い。赤系のラインストーンが印象的なバレッタはチェコ製。

「お正月、それから何かの節目の日には必ず2人の姉と3人姉妹で振袖を着ました。夏には浴衣に三尺帯でお祭りに出かけるのが楽しみで。そう言えば、一緒に暮らしていた祖母はよく着物を着ていました。腰につくほど長く伸ばした髪をくるくるっと巻いて一つに結うんです。浮世絵の一場面みたいですよね」

中には切ない思い出もある。

仙厓和尚の禅語「○△□」が書かれた気に入りの扇子と、多くの着物に合い出番が多い2本の簪。
仙厓和尚の禅語「○△□」が書かれた気に入りの扇子と、多くの着物に合い出番が多い2本の簪。

「ある時、父が、兄も含め家族でお揃いを作ろうと全員分の白生地を購入したんです。でも、作る前に母が亡くなってしまって。今も白いまま手元に残っています」

こうして愛情深い家族とその家族を結ぶ着物愛に包まれて育った筒井さんだが、一時期そんな自身のルーツとは離れがちになった。大学在学中に劇団に入団。年末年始もお盆も公演が入り、帰省がかなわなかったのだ。

「両親はずいぶん寂しがりました。ただ、着物について言えば、時代ものの作品に出演することもあり、そのために日舞も習い始めたので再び着る機会が増えました。衣装持ちの叔母が気前よく譲ってくれた紺色地の友禅の着物で舞台に立ったこともあるんですよ」

その後、筒井さんは映像作品に進出。2016年には主演作『淵に立つ』のワールドプレミアのためにカンヌ映画祭に参加した。

豪奢に金箔が施された横段模様の袋帯も叔母から譲り受けたもの。日舞の師匠の見立てによるコーディネイト。
豪奢に金箔が施された横段模様の袋帯も叔母から譲り受けたもの。日舞の師匠の見立てによるコーディネイト。

「ドレスを着るつもりだったのですが、海外では着物が一番とアドバイスを頂いて着てみると確かにすごいことが起こりました。有松絞の浴衣で臨んだフォトセッションで、何げなく扇子を広げた瞬間、会場からわっと雷のような拍手が湧いて。プレミア上映会に着たのは、20代の頃に母が誂えてくれた黒地に蝶模様の飛び柄小紋。赤地の帯と伊達衿を合わせました。夜、バーで飲んでいると初老のマダムが『素敵な着物ね』と話しかけてきたんです。何と、アニエス・ベーさん!」

そんな筒井さんは“アンティーク着物”と呼ばれる大正・昭和初期の着物に特に強く心惹かれるという。

「母が着ていた2枚の紫色の着物があるんです。1枚は総絞りで、もう1枚は友禅。華やかで、存在感があって、すっきりとした今の着物とは少し違う。あの2枚が私の原点なのだと思います。今日の雲取りに四季の花を詰めた総柄小紋も、どこかアンティーク着物の雰囲気がありますよね。やはり叔母から譲られたもので、とても気に入っています」

そして、着物って面白いとつぶやいた。

「朱色の着物に黒の帯という今日のコーディネイトもそうですが、洋服だったらがちゃがちゃして目も当てられないような組み合わせが不思議と合ってしまう。帯締めにあえて反対色を入れると急に全体が引き締まったり。長い時間をかけてつちかわれた奥深い美を感じます。実は、叔母からの着物でまだまだ袖を通していないものもあるんです。今までは主に晴れの機会に着ていましたが、これからはふだんにもきちんと着ていきたいですね」

  • 筒井真理子

    筒井真理子 さん (つつい・まりこ)

    俳優

    カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞した2016年『淵に立つ』で数々の主演女優賞、’19年『よこがお』でも複数の主演女優賞、芸術選奨映画部門文部科学大臣賞、’24年『波紋』で日本映画批評家大賞主演女優賞受賞。ドラマ『虎に翼』『春になったら』などレギュラー出演が続く。本年も2本の主演映画を含む多数の公開予定作品が控える。

『クロワッサン』1133号より

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