くらし

ウェルネス、アート、有名建築家…ホテルジャーナリストとトラベルライターが語り合う、ホテル新時代。

コロナ禍に生まれた価値観により、ホテルが大きな転機を迎えている。
新時代のホテルのトレンドとは?
  • 撮影・黒川ひろみ 文・矢内裕子
そこでしかできない唯一無二の体験がホテルの醍醐味。(トラベルライター 坪田三千代さん・左)ウェルネスやアートに特化した個性的なホテルが増えています。(ホテルジャーナリスト せきねきょうこさん・右)

コロナ禍で人の移動が制限され、打撃を受けたホテル業界。だが、コロナによって変化した人々のライフスタイルや価値観を受けて、新たな魅力を創出するホテルが続々と誕生している。最近のホテルのトレンド、そしてホテルの楽しみ方について、ホテルジャーナリストのせきねきょうこさんと、トラベルライターの坪田三千代さんに語り合ってもらった。

せきねきょうこさん(以下、せきね) 坪田さんとは以前から、いろいろな場所で顔を合わせていて、ゆっくりとお話ししたかったんです。

坪田三千代さん(以下、坪田) こちらこそ、せきねさんとお会いするのを楽しみにしてきました。私自身はトラベルライターとして、ホテルはもちろんですが、「ホテルがある場所」を目指して各地に出かけています。いわば旅人としてホテルを見ているのですが、せきねさんは、よりプロフェッショナルな視点で、ホテルについて書いていらっしゃいますね。

せきね はい、ホテルの魅力はさまざまで、進化にも目覚ましいものがあります。それを伝えるべく、全国を駆け回っています。コロナ禍でも月に半分くらいはホテルを巡っていましたね。

坪田 私は、コロナ前は月の3分の1ほどをホテルで過ごしていました。旅行やホテルでの過ごし方は、コロナ禍でずいぶん変わりましたね。最近のトレンドについて、せきねさんはどのように見ていますか?

せきね この3年での社会の変化、ゲストの意識のありかたを受けて、ホテルもだいぶ変わってきています。たとえばコロナ禍を経て、健康的な食事に対するこだわりを持つ人が増えました。自然豊かな環境のなか、食材や調理法に配慮した食事をとりたいという「ウェルネス」への関心ですね。自分たちで農園を持っていて、そこで育てた野菜を使うなど、地産地消を謳ったホテルも増えています。SDGsへの取り組みとして、廃棄されることの多い規格外の野菜を使っていたり、建物に地元の木材を用いているところもあります。環境にいかに配慮するかといった、SDGsへの対応は、さまざまなホテルが始めています。

坪田 「密」かどうかを日常的に気にするようになりましたが、一組限定や客室数が少ないもの、一棟貸しといったスモールラグジュアリーなホテルも増えました。そこまでいかなくても、他のゲストとなるべく顔を合わせずに済むように、プライバシーを守ることを意識したホテルも多くなっています。ウェルネスの流れでしょうが、小さなホテルや旅館でも、サウナを備えるようになりましたね。

せきね 新しく開業するホテルは特に、ウェルネスエリアを大きくとっています。この傾向は続くでしょうね。

●ホテル宿泊時の愛用品

左・坪田さん/「香水やアロマグッズを持参し、お気に入りの香りでくつろぎます」。睡眠の質を高めるアイマスクや頭皮をケアするブラシを使えば、心身ともにリフレッシュ。右・せきねさん/薄手のショール、小ぶりのバッグ、パールはホテルのレストランへ行く時などに重宝。「旅でもアクセサリーをつけたいので、小さいものはピルケースに」

「ウェルネス」をはじめ、個性を打ち出すホテルが増加。

坪田 最近のトレンドについて、私が考えていたことは、せきねさんがすべてお話ししてくれました(笑)。追加すると「自然との調和」もキーワードかな、と思います。ラグジュアリーなリゾートホテルでなくても、風や光が入り、周囲の自然に溶け込むような設計のホテルが増えました。自然を感じられる場所で心身を癒やす、リトリート旅も注目されています。

せきね 客室にバルコニーやプライベートテラスが備わっていたり、周囲の自然を望む開放的な設計のレストランやラウンジもありますね。焚き火をしたり、食事を楽しめる魅力的なルーフトップを有するホテルも見られます。

 それからコロナ禍を機に、ペットを飼い始めた人が増えましたが、犬と一緒に泊まることができる「キンプトン新宿東京」「THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田(みよた)」「富士スピードウェイホテル」などのホテルも出てきました。現状、犬だけが対象というところが多いですが、中には「エレベーターに入る大きさの動物ならOK」というホテルもあります(笑)。

せきね ウェルネスをはじめ、全体的な傾向として、なにかに特化した、個性的なホテルが増えていますよね。

坪田 そうですね。個人的にはアートに力を入れているホテルが気になっています。どんなアートを選び、キュレーションするのかが、ホテルのキャラクターを語るといっていいくらい、大事な要素になっていると思います。

せきね アート、伝統工芸など敷居が高いカルチャーとの出合いを提供するサービスも出てきています。

坪田 2022年にオープンした京都の「TheShinmonzen(ザ・シンモンゼン)」は9室だけのブティックホテルですが、入るとダミアン・ハーストの作品が迎えてくれます。オーナーのアートコレクションが館内に表現されていて、まるで美術館にいるかのようです。

せきね あそこは贅沢な空間ですよね。二条城の前に建つ「HOTELTHE MITSUIKYOTO(ホテル  ザ ミツイキョウト)」も、三井家の持っている素晴らしいアートをたくさん見ることができます。エントランスにある門だけでも素晴らしいです。こうした唯一無二の体験ができるのも、ホテルの大きな魅力です。

坪田 最近は地方でも、その土地の伝統工芸を深く知ることができるホテルがたくさんありますね。

せきね その先駆けが、星のやさんでしょう。たとえば「星のや竹富島」に滞在すると、必ずおじいおばあが来てくれて、昔から伝わる手工芸をお客様に教えてくれるんですよ。地方を楽しむホテルの原点です。

●〈対談を行った旅館〉星のや東京

エントランス。一枚板の扉を開けると現れる、天井まで続く竹細工の下駄箱が圧巻。季節の花と白檀の香りが迎え、都会の喧騒を忘れさせてくれる。
各階に設置された共有スペース「お茶の間ラウンジ」。お茶やお菓子が用意され、読書やデスクワークなど思い思いの時間を過ごすことができる。

2016年に東京・大手町に開業した「星のや東京」は、靴を脱いで上がる和の作法を踏襲した「日本旅館」。い草、竹などの自然素材を用いた和の意匠と季節の設えで、日本のおもてなしを世界に発信。最上階には温泉があり、体の疲れを癒やしてくれる。

大浴場「大手町温泉」は、2014年に掘削された、地下1500ⅿから湧き出る保温効果の高い強塩温泉。見上げると、東京の空が見える露天風呂も。

●東京都千代田区大手町1・9・1
TEL.050・3134・8091 
2名利用時1泊1名5万6000円~。
https://hoshinoya.com/tokyo

坪田 ここ2、3年、建築家が手掛けるホテルが増えました。
世界的に活躍している日本人建築家が日本の風土に合わせて作ったホテルが素晴らしいんです。その土地に継承されてきた文化や伝統に敬意を払い、新しい感覚で建築から内装、家具までデザインしてゆく。海外に暮らし、グローバルな視点を持ったうえで、日本の伝統を見ている、クレバーな建築家の活躍はうれしいです。
彼らが手掛けるホテルには、これまでお話ししてきた、ウェルネスや自然との調和、共生といったテーマも表現されています。

せきね 欧米のまねではない、「メイド・イン・ジャパン」のホテルが増えてきたんですよね。ホテルはただの箱ではなく、「なぜ、そこに建てたのか」という、オーナーの思いが大事ですから。日本のホテル文化の成熟を楽しむことができるようになりました。

好奇心を持つ姿勢がホテルを楽しむコツです。

旅の半分はホテルで決まる。自分のプライオリティを大切に。

坪田 これまでお話ししてきたように、今はホテルのコンセプトも多様化しています。すべてが充実しているホテルもあるけれど、当然、価格も高くなる。でも、自分が何をしたいのか、プライオリティが決まっていれば、求める要素に特化したホテルを選ぶことができるでしょう。ホテル探しのポイントは、自分のプライオリティをはっきりさせることですね。地方へコンサートに行くのなら、ビジネスホテルで充分ということもあるでしょう。

せきね そうですね。美味しい食事を楽しみたいのなら、オーベルジュがいいし、ローカルな文化に触れるなら古民家に泊まるとか、今は選択肢がいろいろあります。

坪田 ホテルを選んだら、あとは最大限にそのホテルの魅力を味わうこと。私は、ホテルに着いたら、まず何があるのか、客室全体を把握します。部屋の中はクローゼットもデスクの引き出しも開けて、何がどこにあるかを確認するんです。

せきね お部屋チェックは私もやります。最近はビジネスホテルの努力も素晴らしくて、限られたスペースを上手に使っています。

坪田 ビジネスホテルも面白いですよね。あと部屋だけでなく、ホテルの中にある施設もホテルのバリューですから、同じようにラウンジからランドリーなどの細かいサービスまでチェックします。
最近はドリンクサービスを充実させているホテルも多いですし、チェックアウトの時に「こんなサービスがあったんだ」と思うのは残念じゃないですか。「ホテルのすべてを使いこなす」という意識を持つと、滞在が充実すると思います。

せきね 好奇心を持って、積極的に楽しもうとする人のほうが、ホテルの魅力に触れられますね。私はホテルに着くと、必ず周囲をパトロールします。どんな街に建っていて、周囲にどんなお店があるのか、環境を知ることもホテル滞在の大切な要素です。

坪田 最近は、地方でもクラフトビール造りが盛んなので、良いお店がないか、フロントの方に聞いたりしますね。

せきね ホテルを通せば予約ができるお店やサービスもあるので、そういったお願いができるのも地域に根ざしたホテルの魅力です。

坪田 旅の半分はホテルで決まると思います。私は毎回、ホテルに入るとワクワクするんですよ。ホテルは知らない世界を開いてくれる扉のような場所なんです。

ホテルは知らない世界を開く扉です。

【せきねさんのおすすめ】

●〈広島県〉yubune

世界的なラグジュアリーホテルを手掛ける伝説のホテリエ、エイドリアン・ゼッカによる銭湯宿。サウナやラウンジが備わり、銭湯は宿泊客以外も利用可。地元の人とのコミュニティサロンの役割を担う。

美しいブルーを基調にした銭湯。モザイクタイルの壁画は、瀬戸内の昼の情景を表現したミヤケマイさんの作品。
部屋タイプ「土間」は客室に自転車を持ち込むことが可能。掘りごたつもあり、くつろげる空間に。

●広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田269
TEL.0845・23・7911
2名利用時1泊1名1万3000円~。
http://azumi.co/yubune

●〈北海道〉ザ ロイヤルパーク キャンバス 札幌大通公園

道産木材を使用した、国内初の高層ハイブリッド木造ホテル。レストランでは道産食材を活用し、積極的な地産地消を心がけ、SDGsと美味しさを両立。札幌の中心にいながら、自然豊かな北海道を体感できる。

キャビンフロアは木造の柱梁のない箱状空間を活かし、 木に囲まれた山のキャビンで過ごしているかのよう。
ルーフトップには、グランピングテントが設置され、さっぽろテレビ塔を目の前に、焚き火を囲むことができる。

●北海道札幌市中央区大通西1・12
TEL.011・208・1555
2名利用時1泊1名6,600円~
https://www.royalparkhotels.co.jp/canvas/sapporoodoripark/

●〈東京都〉三井ガーデンホテル神宮外苑の杜プレミア

国立競技場に隣接し、神宮外苑の豊かな緑に抱かれたホテル。全客室にバルコニーを備え、テラス付きレストラン、屋上テラス、大浴場、フィットネスルームなど、都心にいながら杜のリゾートのような滞在を満喫できる。

神宮外苑や新宿御苑の緑と風を感じられるバルコニー付き客室。国立競技場を眼前に望むことのできる部屋も。
緑に包まれたテラス席が魅力の『リストランテ&バー エボルタ』。焼きたてパンや自家製ハムなどを楽しみたい。

●東京都新宿区霞ヶ丘町11・3 
TEL.03・5786・1531 
2名利用時1泊1名1万7700円~。
https://www.gardenhotels.co.jp/jingugaientokyo-premier

【坪田さんのおすすめ】

●〈長野県〉ししいわハウス軽井沢No.2

建築家・坂茂が設計した、隠れ家的なリゾートホテル。建物は木造で、客室は1階に12室、2階は完全予約制のレストランがある。周囲の自然に溶け込むような設計で、施設全体がリトリートのための空間になっている。

客室すべてに四季を楽しむプライベートテラスがある。 檜風呂や杉材の壁、細部まで木の温もりが感じられる。
メインダイニング「ザ・レストラン」は無柱空間が森に向 かって開き、坂デザインの紙管を用いた家具も。

●長野県北佐久郡軽井沢町長倉2147・768 
TEL.0267・31・6658 
2名利用時1泊1名2万5300円~。
https://www.shishiiwahouse.jp

●〈北海道〉界 ポロト

北海道白老町の南東・ポロト湖畔に建つ「界 ポロト」。建築家・中村拓志による設計で、全客室から湖と四季折々の景色を楽しむことができる。客室棟のほかに「△湯(さんかくのゆ)」と「〇湯(まるのゆ)」、2つの温泉施設で構成されている。

とんがり屋根の湯小屋が特徴的。敷地にはポロト湖からの水を引き込み、どこにいても湖の気配が漂う。
4タイプの客室はすべてレイクビュー。アイヌ民族の伝統的住居から着想を得た「炉」をイメージしたテーブルも。

●北海道白老郡白老町若草町1・1018・94 
TEL.050・3134・8092 
2名利用時1泊2食付き1名3万1000円~。
https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaiporoto

●〈東京都〉庭のホテル 東京

交通至便ながら静かな立地にあり、「美しいモダンな和」がコンセプトのホテル。2022年にリニューアルし、伝統工芸を現代風に取り入れた和の意匠にあふれた館内や旅館をルーツに持つ温もりのある細やかなサービスが魅力。

「リフレッシュラウンジ」には畳のスペースや地域密着のライブラリー、ドリンクサービスカウンターなども。
新設された「シグネチャーツインルーム」。畳や檜風呂、 障子からの光も美しい、和のコンセプトが際立つ空間。

●東京都千代田区神田三崎町1・1・16 
03・3293・0028
2名利用時1泊1名1万600円~。
https://www.hotelniwa.jp

せきねきょうこ

せきねきょうこ さん

ホテルジャーナリスト

スイス山岳地での観光局勤務から仏語通訳を経て、1994年から現職。ホテルのコンサルタント、アドバイザーも務める。著書多数。

坪田三千代

坪田三千代 さん (つぼた・みちよ)

トラベルライター

編集・広告制作プロダクション勤務を経て、フリーランスに。女性誌や旅行誌を中心に、旅の記事の企画、取材・執筆を手掛ける。

『クロワッサン』1094号より

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